HOME相愛会とは委員長メッセージ誌友会に参加しよう立ち上がれ男たち! リンク
立ち上がれ男たち
川端和夫
川端和夫
(長崎南部教区、58才)
■プロフィール
職業:時計店(自営)
役職:福江中央相愛会長
目標:アイアンマンレース・ハワイ世界大会に出場すること


 信仰の力!頸椎骨折を克服し、

             アイアンマンレースを完走!



■練習中、自転車で畑に突っ込み頸椎骨折

  私の住む長崎県五島市の福江島では、毎年アイアンマン大会が行われています。この競技はトライアスロンの中ではもっとも長い距離で、水泳3.8q、自転車180.2q、マラソン42.2q、合わせて226.2qを一人でやり抜く過酷な競技です。制限時間の15時間以内に完走しますと、アイアンマンの称号が与えられます。一昨年初めて挑戦しましたが、15時間に7分オーバーしてしまい、涙を飲みました。
  昨年の4月、再挑戦すべく練習に励んでいた時、自転車ごと畑の中に突っ込み、首を骨折する大怪我をしてしまいました。それはアイアンマン大会の50日前の出来事でした。
  私は、すぐに病院に搬送され、ギブスで首、体を固定されて身体の自由を奪われ、天井を見つめるしかない、絶対安静の闘病生活が始まりました。医師からは「第七頸椎は神経が一番集中している箇所なので、よくて半身不随、場合によっては植物人間となる可能性もあります。2ヶ月は絶対安静です」と言い渡されました。
  以来、食事もトイレも人様の手を借りねば全く何もできないという状態です。不安と焦りにかられる私の心を察してか、友人の山田洋一さんが谷口雅春先生の講話カセットテープ『放送人生読本』を持って見舞いに来てくれました。
  これがきっかけとなり「今こそ生長の家の真髄を学ぶときだ」と決意し、カセットテープに聴き入る毎日となりました。繰り返し何度も拝聴しているうちに、「体は不自由でも融通無碍の世界がある、心は自由なんだ。神に全てを委ねよう」と強く思いました。そして「私は神の子完全円満、これから毎日あらゆる点で一層善くなる」と、真理の言葉を何度も何度も念じ続けました。
  すると、体が病んでいることなど全く忘れて「こうしちゃおれん!今こそ立ち上がってアイアンマンに挑戦するんだ!」とさえ思えるようになり、思いのほか順調に回復し、2週間目にはベッドから降りてよいとの医師の許可を得たのです。(拍手)  
  本当にうれしかったです。久しぶりに自分の足で歩きトイレに行きました。茶碗を手に持って食事ができる。歩くことができる――「このごく当たり前の生活が、天国浄土だったのだ。神に生かされていたのだ」と気付かせていただきました。そして3週間目にはなんと、退院することができたのです。(拍手)


■アイアンマン大会に再挑戦、鉄人の称号を

  退院した私は、今こそ我が内なる神を現し出すべき時であると、アイアンマンレースに再挑戦することにしました。(拍手)
  体力は3週間の入院でかなり落ちていましたが、「試合まで30日ある。まだ間に合う、必ずオレはやれる」と言いきかせ、再び一から練習を開始しました。
  練習は順調に進み、平成19年6月17日のアイアンマンレースを迎えることができました。スタート前、銀色に輝く大海原に向かって祈りました――「我が魂の底の底なる神よ、無限の力よ、涌き出でよ!」と。
  午前7時、号砲とともにアイアンマンレースがスタート。最初の水泳は一かきするごとに「ありがとうございます」、次の自転車もペダルを踏むごとに「ありがとうございます」、最後のマラソンでも一歩走るごとに「ありがとうございます」と念じながら、合わせて226.2qを走破しました。(拍手)。
  しかも、制限時間15時間のところ、14時間21分でゴールすることができ、アイアンマンの称号を手にすることができたのです。(拍手)
「人間神の子・無限力、やってやれないことはない」という真理を全身全霊で感じました。


■世界最高の教えと確信し、伝道へ邁進

  この貴重な体験後、私の信仰は一層揺るぎないものになりました。私は時計店を経営しておりますが、すべてに光明面を見る生長の家の「日時計主義」の生き方は絶対と思えるようになりました。(拍手)
  レース後は、姉夫婦に真理を伝えて生長の家に導く一方、自宅で相愛会誌友会を発会しました。(拍手)。現在は、誌友会の参加者も増えつつあり、今年一月に開催した誌友会には六人の参加者が集まりました。
  また、昨年10月の講習会推進では、生長の家福江道場前総務で、今は亡き江川京次さんに代わって、これまで江川さんがお世話してこられた方々の家庭訪問を行いました。また、会員の方々と一緒に私の体験記事が載った『光の泉』(平成19年4月号)を持って、知人、友人宅も訪問して回りました。講習会の成果はほぼ前回並みでしたが、たくさんの真理の種蒔きをすることができて良かったと思っております。
  また、私は、時計店を経営しております関係で栄える会にも所属し、福江で毎月開催される栄える会支部例会のお世話活動も行っているほか、アイアンマンレースの仲間たちにも生長の家の真理をお伝えしております。
  皆さん、生長の家のみ教えは最高の教えです。真理を自ら行じ、伝道活動に邁進いたしましょう。ありがとうございます。(拍手)
 

平成20年5月2日生長の家相愛会・栄える会全国大会
体験発表より



全国大会での発表後、川端さんに聞いてみました!

―-平成18年、56歳でレースに初出場したきっかけは?体力に自信はありましたか?

(川端) 高校生の時、短距離走(400m)をやっていましたが、30代からはスポーツとは無縁で、赤提灯通いもしていましたので、体力は落ちていました。出場のきっかけは16年、初めてアイアンマンレースを見たことです。選手が必死に走る姿を見て、「自分の人生であんなに頑張ったことがあったろうか」と自問し始め、翌年もう一度レースを見学し、「これは自分との戦い」だと気づき、参加を決意しました。


――出場に備えてどんな練習をしましたか?

(川端) 本大会出場には、トライアスロンの「ショート」と呼ばれるレース(アイアイマンレースの4分の1の距離)を制限時間内で完走しなければなりません。練習期間は一カ月で、ほぼぶっつけ本番で臨み、マラソンはほとんど歩く状態でしたが、制限時間ぎりぎりで、なんとかクリアーしました。が、あまりにつらかったのでもうやめようかと。そんな時、当時高校生だった三男が駅伝に出場した際、彼のひたむきに走る姿を見て感動し、アイアイマンレース出場の覚悟を決めました。その後本番までの半年間でショートの距離を毎日練習するように。苦しい練習の後はいつも聖経を読誦しましたが、真理の言葉が心にしみて、涙があふれたことも。


―― 2回目の出場に備えて練習する中、頸椎骨折のアクシデント。奇跡的に3週間で退院したものの、大会までわずか30日間。退院後の体調管理と練習の両立はどうでしたか?

(川端) 退院後は歩くとまだフラフラでした。そこで少しずつ歩く距離を伸ばしていき、10日目には、20qまで歩くことができました。以後、ジョギング、水泳、自転車と徐々に練習量を増やしていきました。不思議なことに練習を重ねるごとに気力、体力がみなぎってくるのを感じました。その理由は、善なる神を信じ、練習中に「自分は神の子無限力」「ありがとうございます」など思いつく限りの真理の言葉を唱え、自己内在の力を振起したからだと思います。


―― その力強い信仰の原点は?

(川端) 44歳の時、近所で洋服店を営む山田洋一さんから教えを紹介され、講習会や聖典を拝読するようになったことが縁でした。49歳で、父から譲り受けた時計店の拡大に失敗し、倒産の憂き目に。その直後、離婚もし、大変つらい時期を過ごしました。が、もう一度人生をやり直すために、教えを深く学ぶほかはないと宇治別格本山の一般練成会に参加。52歳の時には3カ月間、同別格本山の研修生にもなり、人生の再出発ができたのです。そうした体験があったからこそ、入院の時も「この教えがあるから大丈夫」と信じることができました。


―― 今後へ向けて一言

(川端) 伝道に邁進する一方、今年6月のアイアンマンレースで、年齢別部門3位以内に入賞し、ハワイの世界大会の出場資格を得ることが目標です。


<<戻る


このサイトについて ■お問い合わせ Copy right(C) SEICHO-NO-IE All rights reserved.