■40年ぶりに生長の家に触れる
合掌、ありがとうございます。
第34回相愛会山形教区大会という、2年に1度の大切な大会において信仰体験発表の機会を与えていただき、ありがとうございます。
信仰体験と申しましても、私には本当に細やかな体験しかないものですから、いくつかの体験を失敗も含めて述べさせていただきます。
先ず、第一は、子供時代に『生命の實相』の新聞広告を見て、なぜか非常に読みたいと思ったことと、その後40年近く経ってから実際に読むことができたという話をいたします。
終戦後、正確な年月は忘れましたが、私が小学校の高学年から中学生までの間であったと思います。『生命の實相』の新聞広告を見て、なぜか非常に強く「読みたい」と思ったことがありました。その当時、家にお金がなかったという訳ではないのですが、何事によらず遠慮がちに生きていた私は、そのときは買って欲しいと言えず、何ヵ月も悩んだ末、ついにあきらめてしまったことが今でも忘れられません。
それにしても、『生命の實相』や「生長の家」についても何も知らなかった当時の私が、なぜ『生命の實相』の広告にそんなに惹かれたのか、今でも理由は分かりません。ただ、私は村内のどこかのお寺で法話があるときは、お年寄りの中に一人交じって法話を聴いているような子供でしたから、法話の功徳によってご先祖様の導きがあったのかも知れないと今では思っています。
しかし、『生命の實相』を諦めてからしばらく経った頃、私は学校の先生に対して恨みを持つようになりました。本来感謝すべき人を憎むという心の波長が『生命の實相』の波長と合うはずもなく、『生命の實相』のことをその後、ずっと思い出すことはありませんでした。
それから40年近く経った昭和60年頃、ある人から相談を受けたことがきっかけで、子供の頃に広告を見た『生命の實相』のことを思い出し、初めて生長の家の講師を訪ね、当時、鶴岡に居られた菅原倫子講師の紹介で、生長の家宇治別格本山で楠本加美野総務の個人指導を受け、宇治別格本山の短期練成会を受講することができたのでした。
■腎臓結石が癒える
二番目の体験は、腎臓結石が自然に体外に流出した体験です。
10年ほど前のことですが、ある夜、数回にわたる多量の血尿の後、夜中過ぎから背中の激痛も加わって寝られず、朝方になって、最後に胸に弱い痛みと吐き気が来たところで救急車を呼びました。
ところが、不思議なことに数分後、救急車が来た時には嘔吐の後で、未だ冷や汗たらたらの状態ながら、背中の痛みは急に和らぎ、いつしか痛みはほとんどなくなっていました。早朝の病院で診察してもらった結果、「未だ血尿は出ているが、腎臓に結石は見られない。おそらく排出されてしまったのでしょう。血尿もまもなく止まるし、薬も必要ないので、すぐ帰ってよろしい」ということでした。
結果的に救急車の必要はなかったわけで、消防隊員や病院にも申し訳ないことになりましたが、医者の治療も薬の摂取もなく、たった一晩で快癒したことは、生長の家のおかげで本当にありがたいことだと思いました。
また、当時は勤め人として仕事をもっていたのですが、眠れなかったその日が連休であったのも救いでした。
■感謝誦行の功徳
三つ目の体験は、ごく最近、朝の散歩の際に行っているゴミ拾いの折に感じたことです。
私の場合、通常の生活だけでは、一日に歩く歩数は3千歩くらいにしかなりません。そこで、朝6時から7時までの間に少なくとも30分以上散歩することにしています。その時、ゴミ袋を持ち、ゴミが落ちていたら拾って帰るようにしています。
わずかしかゴミがない日がほとんどなのですが、時には、ゴミ袋がいっぱいになることもあり、犬のフンが何ヵ所にも落ちていたこともあります。その時には「これはヒドイ」と感じていました。
さて先日、酒田道場(酒田市)で「神想観 喜びの集い」に誘われて参加したところ、 1週間全期参加した証として“感謝誦行 壱百萬回成就帳”と称した手帳と、「ありがとうございます」と感謝の言葉を唱えた回数を数えるためのカウンターをもらいました。
その翌日のこと。早速、そのカウンターを持って感謝誦行しな がら散歩していましたら、その日はゴミがいっぱい落ちており、おまけに犬のフンまでありました。ところが、「今朝も元気に散歩できていることが、ありがたい」という思うばかりで、以前のように「これはヒドイ」という感情が全く湧いてきませんでした。
これも感謝誦行のおかげだと思います。その功徳を強く感じた次第です。
以上をもって私の信仰体験の発表を終わらせていただきます。ご静聴ありがとうございました。
平成22年7月25日開催 生長の家相愛会
山形教区大会
体験発表より
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