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プロフィール
役職など : 生長の家小樽教区教化部長、本部講師
家族 : 3男4女のうち上から3人は千葉県に住む。
     現在は妻と子供4人の6人暮らし。他に老犬と
   金魚とメダカが数匹。しかしこのメダカは、
   現在すべて昇天。金魚一匹のみが健在。
趣味:
と言えるほどのモノはなく、風光明媚な
   北海道に住んでからは“ドライブ”かな」
マイブーム
銭湯巡り。人口15万の小樽市に
   は約30軒の銭湯があり、巡回中とか。
 このエッセイは、生長の家の月刊誌『白鳩』の平成14年8月号に掲載されたものです。目等家の子供は7人。その子育てに父親はどのように関わっ てきたのか?子どもに諭した性教育とは?
 いよいよ生長の家版誌上番組「大家族スペシャル」の完結篇です。

 わが家には7人の子宝が授かった。昭和55年に第一子(長女)が生まれて以降、5年間に4人が生まれた。そして、約5年の空白期間をおき、平成の御代になってさらに3人が誕生した。長女と末っ子の年の差は16歳。次女、長男、三女の3人は年子だ。
 昭和生まれの4人全員が小学校に通った時が2年間あった。その時期の運動会は退屈しなかった。プログラム全体の7割近くにわが子の誰かが出場していたのだ。
「本日、マヨネーズお一人様一本限り○○○円」などのスーパーマーケットの折り込み広告が入る週末、家内は子供を連れて特売品買い出し巡り≠ノ出かけた。が、しばらくすると、スーパーの特売表示がお一人様につき≠ゥらご一家族様につき≠ノ変わっていた。「わが家のせい」だけとは思わなかったが……。

 家内が6人目を身ごもっていた時、中学1年だった長女から、母親との会話の折りに「これ以上、弟妹が増えたら自殺する!」という言葉が飛び出した。その一言で家内はキレて、「家を出ていけ!」と怒鳴った。その晩、帰宅つくば科学万博の時、21世紀の家族宛に書いた年賀状した私は玄関でうなだれる娘の姿を目にした。妻はコトの顛末を私に言い放つと「何とかしてッ」と叫んで寝てしまった。

 さあて、どうする?! 私は長女をキッチンに呼んで襖を閉め、何故そんなことを言ったのか聞いた。彼女はうつむいたままで何も言わなかった。そこで、私は切り出した「クラスの誰かから弟妹が多いのは、両親がセックス好きだから≠ニか、そんなことでも言われて、からかわれたんじゃないの?」。長女はコックリうなずいた。
18年後、親の願いは子ども達に届いた? 職場でも「目等さんと握手すると子供が出来るから気をつけろ!」などと冗談を言う同僚がいた。思春期の中学生のこと、彼女にとって辛かったに違いない。

 ここは、父親として人生観を伝える絶好の機会だと思い、次のような話をした。
 @私たち夫婦の初めての子供である娘の誕生が、どんなに感動と喜びと幸せをもたらしたか、A他の兄弟姉妹の誕生も、私たち夫婦にとって無上の幸せと恵みである、B妻との出会いから結婚までの経緯、結婚してから今に至るまでの、私の妻(娘にとって母)への思いと、妻がどんなに私を信頼し、子供を愛しているか、C今ある家族の幸せが、祖父母や祖先をとおしてある、Dこの人生観の根っこに「人間・神の子」「永遠の生命」の生長の家の教えがある―。

 3時間あまり、父としてここぞとばかり、正しい性教育をと意気込んだものの、自己陶酔の聖°ウ育に終わってしまった感じはある。しかし、こうした話が出来る生長の家の真理にふれていて良かったと感謝した。夕方、母親からドカンと叱られ、その上、長時間にわたる父ののろけ話と説教?!時計が午前2時を廻っていた。娘はどう思ったか、ジッと聞いていた。ネムイであろうに、目の前でうつむいている娘が無性に愛らしく、何故か申し訳なくも思えた。自分の思いを吐き出した私は最後に「からかったクラスメートには、はっきりとそんなことを言うな≠ニ言ってやれ」と言った。

 それから、何日かして彼女は勇気をふるって、そのクラスメート(男子)を糺した。彼いわく「一人っ子で、兄弟が多いのがうらやましかった」そうだ。
第6子誕生を控え、長女に赤ん坊の名前を考えさせた。そして次男の名は長女が考えた名を採用≠オた。名付け親ならぬ名付け姉となった長女は、一層、弟妹の面倒をよく見てくれるようになった。確かに弟妹が多いがゆえに、欲しい物を買ってもらえなかったり、きちんと整頓しておきたい自分の机の引き出しを荒らされたり等々、うっとうしさも多分にあったようだ。

 高校を卒業すると、祖母の住む千葉の大学への進学を希望した。夢は叶い、荒らされない自分の城(部屋)を確保した。日中、アルバイトをして夜間部に通う。家を離れて改めて「家族の良さ」にも気が付いたようだ。たまに帰省すると、アルバイトのわずかな収入で、弟妹に小遣いや洋服を買ってやったりしている。この春休み、家内はもちろん私にまで「靴を買ってあげたかったけど好みがよく分からなかったから」と言って小遣い≠置いていった。
「学生の分際で!」と思いつつも娘の気持ちがうれしい。学費はともかくも、仕送りはゼロ。バイトと奨学金で生活している。何とかなるものだ。こんな長女に触発されたのか、続く二人の妹弟も次々と姉の元に行き、今では三姉弟が同じアパートで共同生活をしながら大学に通っている。

うっとうしい*弟から離れた長女は、今なんと幼稚園と児童会館で子供相手のアルバイトをしている。幼い子を仕切るのはお手の物だ。ムダはなかった。
 平成生まれの筆頭、四女が言った。「来年はウチの女の子はみんな卒業だね」。来年は娘四人全員が卒業の春を迎える。大学、短大、高校、小学校を卒業する。そして、上の二人が社会に巣立つ。

<<子供が大きくなると、父母の理解を越えてしまう。すると心も離れ離れになって行きます。が子供はみな反省心にとんでいます。どんな悪い子のように見えていても、何がよく何がいけないかをちゃんと知っている。そして彼らは彼らなりに反省しているのです。
 この反省心を判ってあげなければなりません。それは彼らがみな神の子であり、すばらしい実相(注2)の持主だからです。そしてこの真の「神の子」のすばらしさを認め、感謝し、讃嘆すると、この本質がいくらでも出てくるのです>>(生長の家総裁・谷口清超著『父と母のために』日本教文社刊、216〜217ページ)
                   ◆◇◆
注1:文章中に挿入した「ポストカプセル」は、17年前の筑波科学万博(昭和60年)で筆者が書いたもの。21世紀初めの年賀状として配達されるという企画だったため、当時、16年後の住所が変更されていることを考慮し、千葉の実家の住所宛とした。この年賀状は昨年(2001年)の元旦に届いたという。「当時から、さらに3人の子供が増え、その文面通り17年後の現在も皆が『スクスク元気で明るく、はつらつ・・・』としています」と目等さんは語っている。
注2:神が創られたままの本当のすがた

※このエッセイは、月刊誌『白鳩』平成14年8月号の「信仰随想」のコーナーに掲載されました。

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