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●≪解説≫
生長の家では『子供の伸びる力は生命である、生命は神であるから、放っておいたら必ずよくなるのである。』(谷口雅春先生著『生命の實相』第25巻教育実践篇85頁)と説きます。私は長女の子育てを通して、親のなすべき事は、伸びゆく生命を妨げないようにすることを学びました。
ですから、長女が成績も悪くないのに進学をしないで高卒で就職をしたいと言い出したときにも、普通の親なら、「なぜ進学をしないんだ」と怒るところを、強制的な進路変更や説得工作をすることは避けることが出来ました。しかし、ただ放っておいたというわけではなく、毎日欠かさず実修している生長の家の神想観という祈りの中で、長女や次女が素晴らしい神の子であり、必ずよき方向にいくことを祈っていました。
さて、私の娘たちの小さいころの子育ては、こんな感じでありました。
長女誕生時に「可愛い女の子ですよ」と連絡を受けた時には、男二人兄弟の長男でしたから、女の子をどう育てたら良いのか一瞬困惑しました。
そんな私への最高のアドバイスは、生長の家創始者・谷口雅春先生の『生命の實相』第29巻女性教育篇の次の一節でした。
<<子供を育てるに当たっては、これを「神の子」として育てるべきものであって、「女の子」「男の子」として育てるべきものではありません。「あなたは女の子だから……」と申しますと、その言葉の中にはすでに暗黙のうちに「能力低劣者」だとか「弱者」だとかいう女性折伏の意味が含まれたものとなります。(中略)まだ「女性は劣る」の観念が人類の潜在意識のどこかに潜んでいるかぎりは、子供に対して、「あなたは女の子だから……」といって劣等感を植えつけるような育てかたから絶対に避けるようにしなければなりません。>>(17頁)
この教えを受けた私は、長女が自然に自分を女性と意識するまでは男の子女の子という区別した育て方ではなく、「神の子」として育てようと考えました。そして「わたしは神の子、仏の子、なんでもできます、強い子、よい子」という祈りの言葉を子供達に教えました。
ところで、子供達が幼いうちは、絵本や童話を読んであげていましたが、小学校の学年が進んで行くにつれて、どんな本を奨めたらよいかということで、ハタと考え込んでしまったことがありました。私の小学校時代には父はよく宗教家や武将や偉人達の「伝記」を、母は、世界少年少女文学全集という名作を揃えてくれました。どれも皆、感銘深い作品ばかりでした。
その中で私が幼い頃には『小公子』を何度も繰り返し読み返しました。人の美点だけを見て疑うことを知らない純真な少年セドリックが、頑固な祖父の伯爵の心を溶かして行く物語は、やはり不朽の名作だと思います。
このような名作は老若男女を超えて感銘を与えますが、“女の子”が主人公で、“女の子”が身近に親しめる作品は何かないものだろうかと思いました。すると幸いにも、わが家には“女の子”のピュアな心を失わない女性が一人おりましたので、早速相談しました。
彼女−−私の家内は少し考え、「やっぱり『赤毛のアン』かしら」と言いました。それではと、私は早速図書館で借り、読み始めました。そして子供達にも奨めました、また
映画を見たりするうちに、やがて私の一家は「アン」の大ファンとなりました。
『赤毛のアン』を子供たちが読んで育ったことが、わが家の「アン」=長女の進路選択に何らかの影響を与えたのかも知れません。
(平成17年8月29日) |