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●≪解説≫ 

   生長の家では「私たちの運命は、自分の発するコトバ(身・口・意)によって作られる」と説かれています。子供達にとって学校の勉強も大切ですが、出来る限り“よいコトバ”を使えるように、私と妻で“よいコトバ”をかけることを心がけています。なぜなら、“よいコトバ”を使うことが人生の基本であり、私が一番大切にしている人へのいたわりや、思いやりにつながると信じているからです。子供達にはどんな時でも明るくのびのびと、また困っている人には手をさしのべれるようになってもらいたいと願っています。

 谷口清超先生は、コトバの大切さについて、御著書『神性を引き出すために』の中で次のようにお説きくださっています。

 《人に対する深切は、人にものをあげたり、手助けをしたり、乗り物で席をゆずってあげることだけではない。これも大切だが、まず、“やりやすいこと”と言うと、人から何か声をかけられたりするとき、
「ハイ」
  と返事をすることだ。黙っているのは、相手をムシしているのと同じで、気持ちがわるい。しかもソッポを向いて黙っているのでは、聞こえたのかどうかも分からない。だから、なるべく相手の目を見て返事するようにしよう。これが相手に対する礼儀であり、深切行なのである。
  次にもう一つ、簡単なことだが、朝ばんのアイサツのことだ。家の人でも、兄弟でも友だちでも、朝出あったら「おはよう」とあいさつをする。そしてニコニコしていると、とても気持ちよく一日を送ることができる。夜ねるときも、あいさつをするとよい。
 (中略)人はみな使う「コトバ」によって人生を作って行く。明るいコトバや明るい表情は、その人の運命をよくし、幸運の扉をひらくのである。》  (同書、141〜142頁)

  さて、私の実家は浄土真宗を信仰しており、大きな仏壇あります。父が亡くなった後、母から、生前父が「家を建て直す」か「仏壇を購入する」か悩んだ末に「仏壇を購入した」と聞きました。子供の頃の私は、亡くなった父を恨み、母親と古い家に住んでいる自分の境遇がとても嫌で、劣等感に陥っていました。
  生長の家では「父母に感謝することが最も大切である」と説いています。生長の家に触れて初めて、父が大変な状況の中、生活を切りつめて仏壇を購入した事の意味が分かり、感謝の気持ちで一杯になりました。今ではご先祖様、信仰心の厚い父のお陰で生長の家に導かれたことをあらためて実感しています。
  このような父の影響もあり、私も自宅で、毎朝神様を礼拝し、亡き父の仏前には、手を合わせ「正信偈(※1)」を誦げています。子供達も私と同じように神様を礼拝し、亡き父の仏前に手を合わせてくれています。このことに限っては、特に反抗期の長男も催促しなくても、朝食前に自分から丁寧に手を合わせていてくれています。このことが私の財産となっています。
  思春期を迎え長男は、私に反抗的な面もありますが、性格はいたって几帳面で、真面目です。現在は、高校受験に向けて日々勉強に励んでいます。しっかり者の長女は、カブスカウト(※2)の活動を長年してきました。今は、残り少ない小学校生活を楽しんでおります。天真爛漫の次男は、少年野球に夢中になっています。
  子供の教育は、ほとんど妻に任せっきりですが、私が子供に教育したことは、「挨拶」「朝食の前の神様へのお祈り」「御先祖を拝むこと」「食事の食べ残しはしないこと、特にご飯粒は残さないこと」です。また、父親として子供達に望むことは、生長の家の根本真理である「人間・神の子」の自覚を深め、私が父から学んだように「信仰心」を持ってもらうことです。さらに、将来親になったときには、自分達の子供にもそれらを伝えてくれたらと願ってやみません。

※1 正信偈(しょうしんげ)・・・ 親鸞の著「教行信証」の行巻にある正信念仏偈のこと。弥陀・釈迦・七祖の教えを述べたもので、真宗では和讚とともに読誦する。

 ※2 カブスカウト・・・ ボーイスカウトの幼年部門。8歳から11歳までの少年で構成される。
                『大辞泉』より(提供:JapanKnowledge)  

                                                        (平成20年12月24日記)

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