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  近況報告
 

●≪解説≫ 

 
 息子の性格は、優しく、素直で、明るく、クラスでも人気者のようです。幼少より頭を丸刈りにしているため、5年生の頃からクラスでは、皆からジョリィー(頭を触るとジョリジョリするので)という愛称で呼ばれ、頼りにされている様でした。
  母親に連れられて、青少年練成会などの生長の家の行事に参加していることもあり、何かあるたびに「人間神の子、実相は円満完全である」ことを思い出し、自信を持って対処しているように思います。
  また、生長の家講習会に参加したときなどは、講話をあまり聴いている様子ではなかったのですが、講話の内容をかなり把握していて驚いたことがあります。

  私が子供の頃、父は電力会社に勤めており、川と山しかない自然に恵まれた田舎で、会社の営業所に住み込みという、ある意味では“特殊事情”の中で、父の仕事姿を見ながら中学1年まで育ちました。そこには社員が楽しむための将棋や囲碁が置いてあり、小学3年生の頃、将棋や囲碁を弟や近所の子供と一緒に父から教えてもらいました。
  また、祖父が熱心な浄土真宗の門徒であったため、父を先頭にして家族全員で、夕飯の前に必ず祖父から習った浄土真宗のお経をあげていました。このような家庭に育ち、現在の私があります。これからも妻と息子とともに先祖を敬い、感謝の心を大切にした明るい家庭であり続けたいと念願しています。

  さて、生長の家総裁・谷口雅宣先生はブログ『小閑雑感』「父と息子(2)」(2009年1月17日)において、谷口清超先生が書かれた次のご文章を紹介しています。

 《数多くの動物心理学者の研究によると、全ての動物は、その幼少期に巣や箱や柵の中に閉じ込められていると、成長してからの能力に重大な欠陥が生じて来るのである。幼少期に数多くの体験をつみ、自由に飛びまわることの出来た動物は、非常に力がつき、能力があらわれる。それ故、動物は幼少期の“教育”が如何に大切かということが分る訳である。これは人間についても勿論当てはまるのであって、幼少年期に“間違った教育”をされ、“型”にはめられてしまうと、折角の才能が圧殺され、使いものにならなくなってしまうのである。それ故青年諸君は、自分で自分を限定して、自分を小さな“心の柵”の中に閉じこめるような愚かなことをしてはならない。我々は“自由”の天地で、のびのびと才能をのばそう。それは人間を“神の子・無限力”と認めることであり、思い切って新しい行動に踏み出すことである。やっても見ないうちから、“私には出来ません”といって尻込みしてしまうようなことでは駄目だ。未知の世界に勇敢にとび出して行ってこそ、そこにあなたの才能がひらける道がある。断じて自己限定するな。自己を卑小なるものと思いちがうな。“神の子・人間”を認めることだ。そしてその如く行動することが、何よりも大切である》(『理想世界』誌 昭和45年8月号、76頁)

 この春、中学生になる息子にとってどの方面に進むのが最も相応しいか、私にはまだ分かりません。ただ、「努力すれば出来るようになる」ということを、これから経験する色々なことを通して学んでほしいと思っています。そして、私の父が私にそうしてくれたように、自由に、本人の好きな方面で頑張って欲しいと心から願っています。

                                                         (平成21年3月31日記)

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