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●≪解説≫ 

 
  改めて考えると、私は息子に対して、「風呂の掃除を邪魔しに来たな」と“邪魔者扱い”するようなすべり台で楽しく気持ちがあったことに気づきました。親の立場からのみ子供の行動を判断する、そのような心構えでは気持ちを言葉で伝えることのできない「赤ん坊の気持ち」を理解することはできません。
  生長の家創始者・谷口雅春先生は、『生命の實相』頭注版 第30巻において、「子供のいたずらをかく観ぜよ」として、次のようにお示しくださっています。

《(前略)大人の見地から見ますと、「実にくだらないことをする悪い子供だ。いたずらっ子だ」と考える。しかし、その子供にとっては新しい経験を積み新しい学問をしたのであって、大変結構な勉強をしたのであります。それを「自家(うち)の子はいたずらっ子で、始末に負えない子供だ」と親が信じておりますと、その親の念波が子供に感応して、いつまでも、「いたずらっ子」の状態が継続するのであります。
  考えてみると、子供というものには一つも悪いことがない、皆善い新しい体験であります。われわれはただあたりまえのように思っている空気の存在でも、風が吹くということでも、子供にとっては皆不思議な驚異である。大人の方が感覚が麻痺して、空気を吸うても、風が吹いても、日光が照っても、いっこうあたりまえで、神秘には感じないのでありますが、これは大人の方がまちがいなのであります。大人はあまりありがたい生活に慣れてしまってそのありがたさがわからない。ところが、赤ん坊はすべてが新しい体験であるから、皆驚異の目をもって、興味をもって一つ一つ皆体験してゆくのであります。(『生命の實相』頭注版 第30巻、55〜56頁) 》

  大人からするとイタズラのように見える、蛇口からシャワーに切り替え、服をぬらしてしまうことも、洗面器の水を飲もうとすることも、息子にしてみればすべてが新しい体験です。新しい体験なくして生長することはできません。
  ある先輩が「教育とは“共育”、育児とは“育自”である」と教えてくださったことがあります。確かに親として教えることも沢山ありますが、子供から学ばせてもらうことも多々あります。例えば、どんなことにも興味を持つこと、「ハイ」という返事の良さ、輝く笑顔、キラキラした眼でまばたきもせずじっとみつめること、素直さ、明るさ、そして両親を100%信じる心・・・等々。
  「子供は親の心を演ずる名優」「子供は親の鏡」という言葉もある通り、子供は親のすること(言うことも)よく見聞しています。大切なことは、子供の生長と共に自分自身を 育てていくことだと思っています。私は「子供のすることは皆勉強」と自分に言い聞かせ、見守るよう心がけています。

  また、親となり、息子のお世話をする中、改めて父母の愛に目覚めつつある昨今です。
  まだ“父親歴”は浅い私ですが、「神仏を敬う心」や「生命を拝む心」を伝えることのできる父親になりたいと思っています。

 最後に、私自身、小樽教区で開催されている「父親教室」に参加し、様々な問題解決の事例を学び、家庭生活の良きヒントを得ることができましたので、皆様、どうぞお近くの父親教室にご参加ください。

                                                         (平成21年6月30日記)

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