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●≪解説≫
子供は、親の関心を引きたい、褒められたい、認められたいと常に思っています。それに対して、父親は、普段忙しくて、なかなか子供をかまってあげられません。今回の経験を通して、そのことを仕方がないで済ませるのはなく、努めて忙しがらず、子供に関心を示し、それぞれの個性と良い点を認め、言葉に出して讃嘆することが大切だと思いました。
生長の家創始者・谷口雅春先生は、『生命の実相』第14巻(p.190〜191)で、親が子供に対して喜びを表現することの大切さについて、次のようにお説きくださっています。
<<(前略)常に子供を批評するときには、確定的な言葉で、彼の将来を祝福してやり、子供の上達に親たちが望みをかけており、彼が上達することが真に親たちの喜びであることを、ハッキリと彼の心に感じられるようにしてやるがよいのである。子供は親に喜ばれることをどんなに喜ぶか!それは恋人が恋人に喜ばれることを無上の幸福と感ずるのと同じでことである。多くの人たちは恋人の喜びを買うためにどんなつらい犠牲でも払うのである。それと同じく子供は親に喜ばれるためになら、どんな辛い努力でも吝まないのである。「わたしが、上手になっても誰も喜んでくれるものがない」−こう子供が思うようになっては、彼の進歩は行き止りである。>>
また、生長の家総裁・谷口清超先生は、『父と母のために』(p.104〜105)で、人の美点を認める大切さについて次のようにお説き下さっています。
<<人間は誰でも、その美点を見る気になればいくらでも見付けられますが、欠点を拾い出せば、これまたいくらでも見出すことができるものです。(中略)いい絵を沢山見て「ああ、ここがすばらしい、この描き方がうまい」などと学習していると、どんどん絵を描く力がついてくる。人生もまたこのような芸術創作と同じですから、相手の美点を見て、それを讃嘆し、感謝し、見つめていると、相手はいつのまにかすばらしく生長し、それにつれて、自分も内在の神性・仏性を、いくらでも現わし出すことになる。こちらの感謝の心が、相手の感謝する心を呼び出すのです。>>
さて、運動会が終わり家に帰ってきた子供達を、精一杯褒めてあげました。すると、子供達からは「ホッとしたよ」「ちょっと照れくさかったな」「うれしかったよ」との言葉が返ってきました。長男は来年の運動会に向けて、これまでバスで通っていた学習塾までの片道30分の道のりを歩いて通うようになりました。
私は親として子供を褒めれば褒めるほど、もっと褒めたくなって子供の良いところがどんどん見えてくるものであり、子供は讃嘆されるほど、もっと褒められたくなってどんどん良くなろうとすることを実感しました。
最後に、子供達が私を慕ってくれるのは、日頃から妻が私のことを子供達の前で讃嘆してくれているお陰です。それは母親が父親の愚痴ばかり言っていたのでは、子供が父親を尊敬できるはずがないからです。また同様に、父親が母親のことを讃嘆するのも大切です。しかし、自分を顧みますと、妻へ感謝の気持ちはあるのですが、愛情表現が充分であるとは必ずしも言えません。これからは妻や子供達を讃嘆する中で、妻、子供達、そして自分自身の神性・仏性を現し出していきたいと思います。 |