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●≪解説≫
子供と会話をしていると、時々はっと驚かされることがあります。大人の尺度では気づかないことを言ったり、考えもつかない表現をしたり、発想だったりのことです。それだけ子供というのは感受性が豊かで純粋なのです。たとえ、親としては何気ない一言、うかつに歪めた表情であっても、子供はそれを敏感に察知し、ときに傷ついたりします。
それが“別れ”という一大事であれば、なおさら子供の心に印象される感情が大きいことは察せられます。そのことが子供にとって人づきあいをする上で大きな影響を及ぼすことだってあるはずです。悲しみや将来への不安を抱く中、“別れ”をどう捉えたらよいかを示すことは、親の責務であるように感じた次第です。
生長の家創始者・谷口雅春先生は、幼年期に抱く心の印象がもたらす力について次のように説示されています。
《 最近精神分析の発達にともない、幼年期の心に印象された記憶がいかに大切なものであるかが明らかになってきたのである。表面ではすっかり本人の心から忘れ去ったように見えていながら、その実は幼児の印象が本人の無意識活動の中に保存されていて、それがいろいろの強迫観念や病気の原因になっていることまで明らかになってきているのである。心に印せられた印象は心の中にひそやかに隠れていてその人の生命に一つの傾向を与えずにはおかないのである。特に幼年時代に心の中でつくられた印象は本人はそれを意識しないでいても、抜きがたき傾向となって潜在意識に根を張ってしまう。かくのごとき心の傾向はいわゆる「第二の天性」になってしまい生涯の大部分または全生涯を通じてその人の個性または性格の一部を形造ることになるのである。もしこの「第二の天性」が明るく善き方向への隠れたる動力となるならば、その人の生涯は無意識に幸福へと推し進められるのである(後略)
(『生命の實相』第14巻 倫理篇 下/教育篇、177頁)》
では、「第二の天性」を涵養するためにどのように明るく善き方向へと捉えさせるのか。一言にしていえば、“感謝の心で受ける”ことだと思います。谷口雅春先生は、こうお説きになっています。
《
神様は一度も私を無駄な所へ置き給わなかったのです。それと同じように皆さんの今ある境遇も決してあなたの生涯にとって無駄なものは一つもありません。無駄だと思わず、今の仕事に感謝して精を出すこと。そこから
こそ輝かしい明日の日が生れて来るのです。 (『新版 真理』第
1巻 入門篇、111頁)》
すべては、神様が私達を生長させるために、明るく、豊かで、光り輝く人生へと導いてくださるために、得難い経験を与えてくださっているんだと感謝する心が大切ではないでしょうか。一見、都合の悪いような事象に出逢っても、それは無駄でもマイナスでもない、その奥には必ず明るく善き運命が待っている。それを言葉に出して、表情に現して、子供に伝えていきたいと思っています。
最後に『生命の實相』のご文章を引用させていただきます。
《子供の教育は、かくのごとく偉大な、神聖な、ほとんど神業ともいうべきものであるが、その根本原則はすでに述べたようにすこぶる簡単なものである。それは一言にしていえば「言葉の力」の応用に帰する。子供と交える会話によって子供の心の生長に必要な要素を子供の心に印象するのである。
(『生命の實相』第14巻 倫理篇 下/教育篇、180頁)
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