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●≪解説≫ 

 娘が元気になり、私の気持ちも整理され、落ち着いた頃、この体験を練成会の講話でお話するようになりました。すると、その話を聞いた若い女性の参加者が、涙をいっぱ似合う?(後ろで見つめるのはお祖父様です)い浮かべて私に近づいてきました。その方は、私の娘と同じ「心室中隔欠損」で、手術を受けていないとのことでした。大学卒業を控え、ある会社から内定をもらっていたのですが、健康診断書に「心室中隔欠損」があったことから内定を取り消され、人事担当者からは「あなたは不完全な人間なんですよ」とまで言われたそうです。この出来事を「どうしようもないこと、仕方のないこと」と別の会社に入社し、心に蓋をして今日まで生きてきたのですが、職場の上司との人間関係で行き詰まり、練成会に参加したとのことでした。そこで私の体験を聞き、「親がどんなつらい思いでいたのか、きっと自分以上につらい思いをしていただろう」と初めて親の愛に気がつくことができ、感謝することができたと涙を流して言われるのでした。彼女が救われる姿を見て、それだけでも私たち夫婦の体験が必要であったのだと思えました。

 生長の家創始者・谷口雅春先生は、『生命の實相』第30巻181頁に「燈火を枡の下に置くな」とお示しくださっています。自分の体験(燈火)を自分だけのものにせずに、多くの人のためにその体験(燈火)の光を照らすように枡の上に置くことが使命を完うすることであるということです。そのことを直に体感することができました。

 さて、生長の家総裁・谷口清超先生は、『光が闇を消す如く』のはしがき2〜4頁に次のようにお説きくださっています。

<<人の世では暗い面もあるが、明るい面もある。暗い面を見れば「世の中は闇だ」と言うかも知れないが、その闇の中でも、一本のマッチの火が、 たちまち明るさをもたらす。何千年続いた闇でも、一本のマッチ、一本のローソクで消えるのである。 つまり光に対して、闇は全く無力なのだ。一億年昔からの絶対暗黒でも、一本のローソクで瞬時に消えさる。それは何故か、非実在だからである。アルように見えてもナイのが非実在だ。単にアルかの如く見えているだけである。(中略)これを知り、 その正覚を得るとき、あたかも光が闇を消す如く、全ての悪や不幸や恐怖や心配、取り越し苦労、持ち越し苦労が消え去ってしまうのである>>

 さらに副総裁・谷口雅宣先生は『太陽はいつも輝いている』29〜30頁に次のようにお説きくださっています。

<<日時計主義は悪からの逃亡ではなく、“悪”と見えるものの奥に善を見出す。“悪”とは善性が十分に表現されていないという消極的状態であり、善が背後にあることを知っているから、恐怖心に駆られて目を背けることはない。(中略)闇を消すためには、闇から目を反らすのではなく、一見闇として見えるものの近くで光を遮っているものを取り除き、光を通してやれば、自然にそこは明るくなる。その時には、闇はすでに無いのである。そういう解決に至るためには、「光はいつもそこにある」こと、つまり「神が創造された本当の世界は善一元である」との信念と信仰が必要なのである>>

 唯一絶対の善なる神様へのぶれない信仰と、どんな困難も必ず解決するという日時計主義の生き方が、今こそ求められている時ではないでしょうか。
  皆様の中で、何か悩みをお持ちの方がありましたら、どうぞ結果的に一番善いようになると信じて、神様に全托し、心明るくお過ごし頂きたいと切に思います。そして、宇治別格本山の一般練成会(10日間練成会)の受講を心からお勧め致します。

                                                         (平成20年9月30日記)

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