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プロフィール

 私は二人の子供に恵まれました、本当は四人ぐらい子供がほしかったのですが、その通りになりませんでした。 それは家内が子宮後屈で子供ができにくく、次男が難産であったからでもあります。
 ある年、私は生長の家の勤務の関係で家族とともに広島から東京に転勤してまいりました。丁度その頃、長男が 大学に入り、次男の哲也は中学3年生で野球部の選手をやっていました。やがて次男は野球の名門高校に入学、毎日 カバンと野球道具のバッグを両手に持って、満員電車で国立からJR中央線で吉祥寺の高校に通ようになりました。
 ある日、夜11時を過ぎても次男が帰って来ないので心配したことがありました。すると11時半頃、次男から自宅 に電話がかかって来ました。

哲也:「お母さん、僕は東京の満員電車で学校に行くのがいやになった。広島に帰りたい。」
母親:「今どこにいるの?」
哲也:「東京の駅だよ、今夜は東京駅のベンチに寝るよ。」
母親:「ちょつと待って、お父さんと電話代わるから・・・」
父親:「哲也君、いま東京駅にいるの?東京駅もよいが夜12時を過ぎたら駅のシャッターが降りて追い出される よ。外は寒いから最終電車で帰ったらいいよ。お父さんは待ってるよ。」
哲也:「・・・・・」(無言のまま電話が切れる。)
母親:「あなたー!哲也が家に帰って来なかったどうするんですか?」
父親:「どうするもこうするも仕方がない。哲也が帰るのを待つだけだよ。」
母親:「あなたは生長の家の講師でしょう。早く哲也が家に帰るように神様に一緒に祈りましょう。」

 そして私は心配で合掌の手がふるえながら、神様に息子が早く家に帰ってくるようにと家内と一緒に一所懸命に祈り ました。しばらく祈った後は、ご先祖の前で聖経『甘露の法雨』を読んでいました。すると時計が午前1時を回ったころ、 玄関の開く音がしました。それは哲也でした。しかし、息子は黙ったまま、自分の部屋に入ってしまいました。

母親:「あなたは父親でしょう。早く哲也の部屋に入ってちゃんと話し合ってくださいよ。」

 私は心の中で「神様、神様」と唱えながら子供の部屋に入りました。

父親:「哲也君、早く帰って来てくれて有り難う。東京の満員電車にカバンと野球道具を持って学校に通うのが いやなら広島へ帰ってもいいよ。」
哲也:「・・・・・・」(下を向いたまま黙っている)

 こんな時、子供になんと言えばいいのか、コトバがすぐに見つかりませんでした。
 しばらく沈黙のあと、こんな言葉が口をついて出てきました。

父親:「哲也君が生まれるとき、お母さんのお腹からなかなか出て来なかったんだよ。お父さんは会社を一週間 休んで毎日病院に行き、お腹の大きなお母さんの手を引いて運動のために近くの商店街を早足に歩いたんだよ。そうしたら 大勢の人が見ていて、『ガンバレ、ガンバレ』って応援してくれてね。・・・」
哲也:「・・・・・・」

父親:「哲也君がね、生まれたときは嬉しかったよ。お父さんとお母さんは手を握り会って喜んだのが昨日の ように思うよ。お父さんは哲也君が健康で大きく成長してくれてとても嬉しいんだ。
父親:「まあ、今日は遅いから早く休みなさい。・・・・お休み。」
哲也:(うつ向いて黙ったまま)

 私の話しは、学校に行くか行かないというような直接的な話しではありませんでした。哲也がどう受けとめてくれるか、 心配でしたが、母のいる広島の実家に返してもよい、とその時は覚悟を決めていました。
 翌日、哲也は朝早く起きてきました。すると、家内に「お母さん、僕、学校に行くから弁当を早く作ってよ。学校で野球の 早朝練習があるから」と言って、その日からまた元気で大きな荷物を持って、満員電車で通い出しました。
 その後、次男は友達もできて、「東京は素晴らしいところだ」と言いながら高校、大学を出て自ら希望したの警察官となりました。 今は二人の父となって時々電話で父母の健康を気遣ってくれています。(平成14年5月28日記)

イラストレーション 小関隆史

++解説++

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