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私たち夫婦には、現在小学4年生の長女と3年生の長男、幼稚園年長の次男の3人の子供がいます。
上の二人は、軟式野球チームに所属し、身体を鍛え、チームプレイの喜びを学んでいます。次男は毎朝ご飯を3杯食べるほど良く肥えていますが、近頃は「ダイエットしたい」と言い出し、一人前を感謝して食べることにチャレンジ中です。
そんな子供たちと楽しく暮らしている私たち夫婦には、初めて身籠もった子供を流産してしまうというつらい体験があります。
その時の私は、妻に対してどんな言葉を掛けたら良いのか解らずに苦しんでいました。また、妻もせっかく授かった子供を産むことが出来なかったという自責の念から悲しみ、苦しんでいました。
そんな状況から私たちを救ってくれたのは、青年時代から信仰していた生長の家の教えでした。「目に見える肉体は人間の本体ではない。その奥に宿る目に見えない生命そのものが人間の本体である」「生命は永遠に生き通しである」というコトバをフト思いだしました。
ほんの短い間でも私たちを親と選び宿ってくれ、そして「生命の尊さ」を教えてくれた子供に感謝の思いを込めて供養させていただこうと思い、ご先祖様にあわせて毎日供養を毎日させていただく生活をするようになりました。
只々感謝の思いを込めて供養させていただくうちに、私たちは本来の明るさを取り戻し、それ以来、次々と3人の子供を授かることができたのです。
このような体験を通して授かった子供たちですので、私は生長の家の教えにそった子育てをしていこうと思っていました。
そんな或る日、長女が国語の文章問題のテストで「45点」をもらってきました。後日の面談で先生から「読解力が落ちているせいか、算数や理科など問題の意味の理解が不足しているようです」と指摘を受けました。
私は、子供の様子を見ていて勉強をしているときの集中力が落ちていることが分かりました。しかし、長女は興味を持っていることに対してはしっかり集中し、良く理解しているということも知っていました。たとえば漢字テストでは、時々「100点」をもらってきましたし、勉強以外でも子供ながらに朝の連続ドラマを毎日欠かさず観ていて、ヒロインの気持ちを大変よく理解していたりしているのでした。
ですから、「読解力不足」という先生の判断は、私自身にとっては、あまり気に留めることではありませんでした。むしろ、褒めて認めてやることを考え、持ってきたテストの答案用紙の点数に関わらず抱きしめて褒めてあげました。特に良い点を取ったときには「神の子の素晴らしさが点数にも表れているね」と心を込めて声を掛け、抱きしめています。
「45点」を取った次の国語のテストでは「95点」の答案を得意げに持って帰ってきました。私は、いつものように声を掛け「ギュッー」と抱きしめてやりました。
長女は照れくさそうに喜んでいました。
学校生活の中では見いだされず評価されない部分を父親として子供と接する時間の中でしっかりと評価してあげることが大切だと感じています。
そして、この行為が何回も何回も親子間で繰り返されることが、本来子供に宿っている“無限に伸びる力”を引きだす秘訣であると思っております。
(平成20年1月6日記)
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