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●≪解説≫
あれから一年半が経ちました。私達夫婦も神想観や先祖供養を真心を込めて毎日実修し、生長の家の本を読み、色々と学んでいます。そして皆様のお陰もあり、娘の幻聴や引きこもりは少しずつ改善し、今では全
く健全な状態に戻りました。
現在娘はすっかり表情も明るくなり自然に笑顔が出るようになり、そして自分から積極的にアルバイトに行っています。そればかりか高校の通信教育
を受け、将来は英語を本格的に勉強して社会のお役に立ちたいとの希望をもっているようです。そのような娘
の変化に、以前のあの苦しみや悲しみは彼女の人生や私達夫婦にとって決して無駄ではなかったと思わざるを得ませんでした。
私はいま一度、「人間は神の子でありどんな事があっても、必ず良くなる。」「陰極は必ず陽転する」との生長の家で説く真理の力強い言葉を深く心にかみしめています。
娘は私の中にある固定観念、世間と同じであって欲しいという親の勝手な願い。つまり中卒では困る、学校を辞めたら人生はままならなくなるではないか・・・そのような親の世間体を
気にする心をぶち破ってくれました。
娘を世間体という基準から見るのではなく、本来素晴らしい神の子である、という基準から見る時、高校を辞めることも成長の一過程であると受け入れられるようになりました。そして、娘がどんな姿を現したとしても、その奥には本来の
「神の子」の素晴らしい姿が潜んでいることを私達は学びました。まさに娘はそのように
私達の心を導いてくれる観世音菩薩(注1)の姿を現してくれて いたようです。
生長の家総裁谷口清超先生は次のようにお示し下さっています。
<<例えば「有名大学を卒業しないと、偉くなれない」などという考え方も固定観念≠セ。「教育には金がかかる」というのも同じようなものだ。
だから家庭の事情で大学に行けなくても、決して悲観する必要はない。あるいは高校や中学で中途退学しても、将来は心境の変化で、復学したり、大検に合格したりして、本来の目的に向かうことができるものだ。人生そのものが一つの大きな「学校」なのである。だから「人生学校」とか「生活学校」ともいわれている。
(いのちが悦ぶ生活 193頁) >>
<注1>観世音菩薩とは仏像から想像するような具体的な人格のある仏様ではなく、心で観る通りが外界に現れるという「心の法則」を人格化して表現したもの。観世音菩薩は、相手の心に従って相応の姿をもって現れ、その人の心の姿を映し出してみせてくれて、間違った心持ちを気づかせてくれる。その意味で観世音菩薩は、人を救わんとする仏の大慈悲の働きであるとも言われている。
(平成18年1月25日記) |