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「今日は何か変わったことがあったか」
「別にないよ」
風呂の中での一人息子の長男との会話です。
特に意識をして多くの言葉を交わす訳でもなければ、共通の話題で盛り上がったということもありません。仕事や生長の家の活動で帰宅が遅くなる私を息子は必ず待っていてくれました。玄関に入り、下駄箱の上に車のキーを置くと、玄関脇の息子の部屋から「お帰り−」と言う声がかかり、風呂に向かう私の後を追って、そうするのが当然のように、風呂に入ってきました。
息子が小学生の頃からのこの習慣は高校2年の終わりまで、私が本部奉職のために単身上京するまで続きました。強制された訳でもなかったのに息子は父親との10分足らずの毎日のこの時間をとても大切に考えてくれたようです。
交わす言葉は少なくても、やはり息子との裸のつき合いはいいものでした。たとえ母親にウソをつくことがあっても、息子が私にウソをついたという覚えは一度としてありません。いわゆる“硬派”の強くやさしい男に育ってくれたように思います。
さて、その息子が3歳のとき、私は平手で2回、かなり強く叩きました。母親が「出したオモチャはちゃんと片づけるのよ」と言った言葉に対し、息子は「お母さんが片づけなさい」と言ったのです。このままでは、息子が“我が儘放題”になってしまうと感じた私は鉄槌をくだすことにしたのです。
私の厳しい顔ときついビンタに、息子は火がついたように泣き出しました。「お前は男なんだから泣くな」私からの2つめのビンタでした。息子は母親に救いを求めましたが、母親は手を差し伸べず、ジッと息子を見つめていました。息子は泣くのを必死にこらえ、しゃくりあげていましたが、やがて母親に促され、「ごめんなさい。これからはちゃんと自分で片づけます」とあやまりました。
私は息子を抱きしめてやりました。そして今度はやさしく諭すように「自分で出したオモチャなんだから、自分で片づけるのがあたりまえなんだぞ。もう分かったな」と言い聞かせました。息子は「うん、分かった」と小さな声で応えました。それ以来、オモチャが出しっぱなしになることは2度とありませんでした。
息子も今は30歳になり、一男一女をもうけました。地元の消防署に勤務し、現在は救急隊員として活躍しながら、嫁共々に愛知教区の青年会で頑張っているようです。人づてながら聞くところではありますが、他に頼られるタイプであって責任感も強く、良きリーダーとしての資質も持っているとのことで、うれしく、そして頼もしく思っています。
(平成19年2月13日)
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