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私が住んでいる旭川市には日本最北の動物園・旭山動物園があり、旭川に来てから何度か行きました。面積や動物の種類では、東京にいる時に子供と頻繁に行った多摩動物園のほうがはるかに大きな規模となっていますが、規模の大小に関わらず、旭山動物園は大人でもワクワクドキドキ楽しませてくれます。
水中を飛ぶように泳ぎ回るペンギンを水中トンネルから見られる「ぺんぎん館」や、木の上で生活するオランウータンの本能を引き出した「空中運動場」など、動物本来の行動や能力を見せるために「行動展示」と呼ばれる展示方法がとり入れられ、手作りの案内板などの工夫も施されています。そのため動物との距離の近さや迫力感が話題となり、北の小さな動物園にもかかわらずの来園者は年間300万人を越え、上野動物園に次ぎ全国第2位となっています。
この旭山動物園では、かけがえのない「命」を実感してもらうために、人間に都合のよいところだけを“つまみ食い”して見せるのではなく、動物園ではあまり表には出ない「死」を隠さずに伝えることにしているということはあまり知られていないようです。
動物の「死」を通して、子供に「死」の意味を伝えていくために、動物舎の前には、かつてそこで活躍した動物たちの死亡年月日、死因、年齢、また子供を産んだことなど、略歴が書かれた「喪中看板」が掲げられています。
私はこの看板を初めて見たときに、わが家の7〜8年前の出来事を思い出しました。どこの家でも子供は小さい時には犬や猫などのペットを欲しがりますが、わが家も「犬が欲しい」「猫が飼いたい」と4人の子供たちが次々に言ってきた時期がありました。「寮に住んでいるからペットを飼うことはできない」とその都度説得してきましたが、テレビアニメで『とっとこハム太郎』が流行っていたころ、「ハムスターだったら小さいし、カゴの中で飼うので大丈夫でしょ、自分たちで世話をするから」と、小学5生年の長女と2人の弟が毎日のように言ってきました。私も「ハムスターだったら、あまり手がかかりそうでないから、良いかな」という気楽な気持ちで飼うことにしました。
わが家に来たのは雌のハムスターで、長女が「クルミちゃん」と名付け、カゴを囲んで皆で何時間もながめていました。ところが、いざ抱こうとすると暴れ回るばかりでなく、指に噛みついたりとなかなかの“お転婆”だったので、子供たちはいつしかあまりかまわないようになっていきました。
一方、中学生だった長男はハムスターを買って来た時には、「きっと弟と妹は面倒をみなくなるんだよね」と一言つぶやいて、あまり関心を示さずに自分の部屋に入っていったものでした。しかし、弟と妹があまり面倒を見なくなってきたころから、いつしかクルミちゃんのエサやりは長男の担当になっていました。
クルミちゃんは毎日、カタカタと音を鳴らしてカゴの中で走っていました。ところが、急に音がしなくなったと思ったら後足が曲がっていたので、あわてて動物病院に連れて行くと、「足の骨が折れている」とのことで添え木をしてもらいました。
ハムスターといえども「命」あるものを育てるということは、子供と同じような手間がかかるということを体験し、動物を飼うことの大変さを親子ともどもに体験することとなりました。
さて、クルミちゃんがわが家の一員になってから3年近く経ったころ、動きがだんだん鈍くなり、やがて歩かなくなりました。子供たちも急に心配になり、カゴから出して、皆から見える場所の菓子箱の中に入れて見守ることにしました。
クルミちゃんは足を痙攣させてだんだんと息遣いが荒くなり、やがて動かなくなってしまいました。だんだん弱っていき死んでしまったクルミちゃんを見て、中学生になっていた長女は、初めて生き物の死を見たショックで「もうペットは飼わない」と言いました。翌日、子供たちでクルミちゃんを裏庭に埋めた後、線香をたてて手を合わせました。
子供たちにとっては、家族の一員として身近に暮らしていたクルミちゃんが死んだことで初めて「死」というものを実感し、命のかけがえのなさや命の大切さを考えるキッカケになったように思います。
(平成20年1月30日記)
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