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 近況:

●≪解説≫        

                  

 少子化の傾向が強い現代、親は子供の学校の成績や出欠に必要以上に神経質になっています。そして子供の個性や希望に関わらず、上級の学校への進学を当たり前のコースと設定して子供を束縛し、その自由を奪ってしまうことがあります。
 
 幸いというか、わが家は子供が多かったため、子供の成長の段階で、親もあまり一人の子供だけに関わるわけにゆかず、比較的自由な教育だったと思います。わが家の場合はそれが良かったわけで、必要に応じて( 笑)学校を休ませることもあったし、兄や姉は役目を自覚して、喜びを持ってその休んだ子の面倒を見てくれました。

  兄弟の面倒を見る中で、わが家の経済状態も考え、アルバイトに励みながら自分で進路を見つけ、大学は夜学へと親に負担を掛けない道を歩んでくれました。もし子供が少なかったらもっと一人一人に手が掛かったのではないかと思います。子供を縛るのではなく、ある程度自由に、人の世話をする生き方へと導けたのは、まさに「子沢山」のお陰です。
  
 生長の家総裁・谷口清超先生は「子供」と題して『新世紀へのメッセージ』 (16頁〜18頁)に子宝≠ノついて次のように記されています。
 

<<人間には多くの場合何人かの子供がいて、次第に大きくなり、やがて歳を取って死ぬということになるものです。だから全(すべ)ての人は、「子供」を経験したことがあり、しかも子供のころに、親からの生き方の根本を教えられますね。                 
  何時から教えるかというと、子供がまだ母親のおなかの中にいるころからでして、父や母の使うコトバの調子を胎内で聞き、そのイントネーションなどを覚えるのですから大したものです。生まれたての赤ちゃんでも、母の声と別の人の声とを、ちゃんと聞き分ける。だから永く父親と離れて生まれた赤ちゃんは、父の声を知らないで生まれる訳(わけ)であります。                                                                   
 その貴重な妊娠時に、もし父や母が「おろそうか・・・」などと話しあっていると、その雰囲気はとても拒絶的で、最大級のいじめ≠経験するのです。勿論(もちろん)貯金をおろそうという話しではないのですから。
 しかしそんな時でも、生まれた赤ちゃんは父母を慕い、何でも言う通りにしようとする。するとその子供に根気よくわがまま≠教える親もいます。食事を与える時、「これが好き?」「これが嫌い?」などとしつこくきいたりするでしょう。
「わが家はいつも子供が中心です」
などという家庭では、子供はまるで王様で、ご主人などは眼中にない。帰宅しても、中心はやはり子供ですね。すると子供はすっかりわがままに育ち、電車に乗っても、大人よりまっ先に座る。やがてその前に年寄りや妊婦さんが立っても、そしらぬ顔で居眠りするという不可解な光景≠ェ展開されるのです。
 一方、ちゃんと躾(しつけ)られ、ただしく訓練された子供たちは、実にすばらしい各種の才能を発揮します。こうして国のため、世界のため、全生物の発展と保護のために働くという、大きな使命を果たしてくれるようになるものです。
 私達は、こんな神の子らしい「子宝」を充分沢山どんどん生み育てて、明るい日本を築いて行きたいものであります。>>

                                          
                                                 (平成16年2月23日
)

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