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●≪解説≫
長女の不登校は私にとって厳しい試練でした。人は人生の試練に面したとき、必ず祈るような気持ちになります。私もそうでした。生長の家では“神想観”という生長の家独特の瞑想法があり、この祈りをすることで事態の好転をはかろうとしていました。生長の家総裁・谷口清超先生は『神想観はすばらしい』の中で、神想観の大切さをこのように説かれています。
<<あらゆる「待ち」はこれを苦しみとして捉えることもできますか ら、人によっては「死ぬほど苦しい待ちの人生」などとぼやいて、その間待ち切れず首をくくったりします。果たして諸君は、どちらの道をえらぶのでしょうか。それとも「別」の道、即ち、待つこと短くしてトントン拍子に”御入学”とシャレこむのでしょうか。これも一つの行き方ですが、それには充分実力を現し出すための特訓が必要であり、祈りの中の最高のものである「神想観」にはげむことが非常に大切です。>> (147頁)
この言葉を信じて私は神想観を続けました。ところがなかなか本当の祈りにはなりませんでした。この3年間の私の祈りの変化を参考のために書いておきます。
<1年目>
不登校になった長女を前にして、1日でも早く学校に行って足並みを揃えて勉強してほしいとの願いが強く、ひたすら学校に行かせる為の祈りをしていました。これを私は“「早く学校に行け行け!!あぁ今日もまだ行っていないのか」の祈り”と名付けました。
しかし、ただ祈っていただけではなく、長女を連れ出して、魚釣りに出かけることもしました。長女が初めて釣ったのは大きなボラでした。私は「素晴らしいね!」と賛嘆してやりました。すると長女は最高の笑顔で「やった!」と無邪気に大喜びしていました。それから休日はファミリーで釣りに出かけるようになりました。東京勤務の頃は私の仕事が忙しく、妻も仕事をしていたため、家族でみんなで外出したことはあまりなく、子供達には寂しい思いをさせていたと反省をしました。
<2年目>
家庭は明るくなってきましたが学校に行かなかったら将来どうなるんだろうという想いから“「これでもまだ学校には行かんのか」の祈り”をしていました。家族は仲良く、幸せな毎日を送っていたのですが、不登校の長女の姿を見ると、やはり心が乱れてくるのでした。
<3年目>
早朝神想観を3年続けると、「学校に行っても行かんでも、この子は神の子、完全円満で素晴らしいんだ」と思えるようになりました。そして“「この子が生きていてくれるだけでありがたい」と無条件で感謝する祈り”が出来るようになりました。
それは生長の家の聖典『生命の実相』を毎朝拝読していたときです。「生命の実相の円満完全なことを自覚すれば神癒となります」という言葉がガーンと心に入ってきました。そうだ、この子が生まれたとき親として嬉しかった。小さい頃高熱を出した時にはこの子を抱いて病院に行くため田んぼの中を全力で走ったこともあった。長女が今生きていてくれるだけでありがたいと感謝する思いになりました。
長女が「お父さん、高校に行きたい。」と言い出したのは、ちょうどそのころでした。
3年間の祈りの変遷から、私は以下の3点を学びました。
@祈りを継続することの大切さ。
A結果にこだわってする祈りではなく、善一元の世界に超入することの素晴らしさを知る。
B努力して、結果が出るまでには時間が必要である。
なお、具体的な祈りの言葉については、谷口雅春先生監修『奇跡の手帳』(日本教文社刊)を参照してくださ
(平成17年2月25日記) |