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子をもつ親として、思春期の子供への対応には気を使う。親の対応しだいで、家庭内暴力や不登校、非行のきっかけになるケースがあるからだ。そんな子供の内面は言葉遣いや外見──髪型や
髪の色、服装、女の子の場合は化粧など──に現われる。
私は広告代理店に勤務する長女(25歳)、建築会社で設計の仕事をする長男(24歳)、大学生の次女(21歳)と次男(19歳)の男女二人ずつ4人の父親だが、次女が中学3年ごろ、家で急に“男言葉”を使うようになった。
この娘は、2つ違いの兄と弟にはさまれているため、ごく普通に“男言葉”が身についたのかも知れないが、それまで、そんな言葉を遣うことはなかった。
そのことについて、私には気にかかることがあった。この娘が中学2年の3学期に母親を亡くしたことだ。さらにその半年後、進路についての三者面談の通知があった時、娘は私が出席するのを盛んに嫌がった。「ちゃんと自分で考えているから、来なくていい」と言い、進路について話しかけても会話を拒否し続けた。
それまで、こうしたことはほとんど妻に任せ切りだった私だが、妻亡き後、親の責任上、出席することにし、やや緊張してその日を迎えた。
娘の言葉遣いの変化や三者面談への私の出席を拒否する態度などから、私は「母を亡くしたショックを引きずって落ち込んでいるのかなあ。それに受験も迫り、進路のことで迷っているのかもしれない。あるいは友人関係で悩んでいるのだろうか」などと想像し、「三者面談では、ひょっとすると、担任からとんでもないことを言われるかもしれない」などと考えていた。
こうして臨んだ三者面談で、私は自分の予想が見当外れであることを知らされた。担任の先生によると娘は、「周囲のことをよく考え、クラス全体をまとめる力がある子で、今時、珍しい模範的な生徒です。どんな家庭教育をしているのかぜひ伺いたかった」というのである。
思いもよらない言葉にわが耳を疑った私だが、その後の先生のとの話し合いで、娘は進路や友人関係についても、特に悩んでいるわけではないことが分った。“話半分以下”だとしても、私が懸念していたことは、すべて“転倒妄想”だったのだ。それにしても、随分な見当違いをしていたものだと思った。
この時、私はかなり複雑な思いをした。父親として、私は子供達に対して何もしていなかったからだ。では、少なくとも次女が母亡き後も明るく伸び伸びと生きている要因は一体なんなのか? 思い当たったのは、同居していた彼女の祖父=私の父=が古くからの熱心な生長の家信徒で、自宅で毎月誌友会を開催していたこと、妻も白鳩会の支部長として母親教室や誌友会のお世話をしていたこと──そんな姿を子供達は幼いころから見て育っていたことだ。また、知り合いが病気で入院したり、友達が交通事故にあったなどというときは、わが家では家族揃って、神想観をしてその快癒を祈り、聖経『甘露の法雨』を読誦していたこと。そんな信仰生活の中で、子供ながらに、何かを感じていてくれたのだと思う。
会話の不足
三者面談を終えた後、私は先生から言われたことを取り上げて、「あそこまで先生から褒められるとは思いもよらなかったので驚いたよ。流石はお父さんの娘だと思ってうれしかったよ」などと、思ったことを率直に娘に話した。本人は少し顔をゆるめて「別に当たり前に生きているだけだから」と、いたって淡々としていたが、このことがきっかけで、次女との間で会話が弾むようになった。
実はそれま で私は、子供達がそれぞれどのようなことに興味をもっているのか、また何を考えているのかなどについて、情報をあまり持っていなかった。それは普段、話しかけてもあまり弾んだ会話になっていなかったからだが、次女との会話の中から分かったのは、どうも、子供に対する私の姿勢が問題だったようだ。私が何を話しても、子供達には、押し付けがましく受け取られていたため、子供達は会話を避けていたようなのだ。
娘によれば、進路に関して私との会話を拒否したのは、「いろいろと抑えつけられたり、強制されるのがイヤだったの、何を言っても、お父さんは自分の尺度で決め付るから。自分のことは自分でちゃんと考えているのに、余計なことを言われたくないから」だったという。さらに、こう付け加えた。
「とにかく、お父さん自身はどう思っているか知らないけど、父親の発言は子供にはかなり重いんだから、そこを考えて発言したほうがいいよ」
いやはや、これには参った。こちらは、「子供のためを思い、“思いの丈”を述べているのだから、当然、相手に伝わるもの」と思っていた。このため、子供が自分と異なる意見を言ったとき、「その真意を知ろう」とする前に、いかに父である自分の見解が正しいかを、あれこれと体験談を交えながらひつこく言っていたに違いない。それが子供には、“自己中”(自分中心主義)と見られ、“自由を拘束する圧力”と受け取られていたようなのだ。
生長の家では、「三界は唯心の所現」「子供は親の鏡」と教えているが、本来あるべき姿(大調和)が現われていないときは、相手や環境を変えるのではなく、自分自身の心のありよう、考え方、生き方を顧みて、こちらが変わることをすすめている。
そこで、このことがあって私は、子供と同じ視線に立つように心がけるようになった。
まだとても十分とはいえないが、そうしたこちらの心の変化に応えるように、子供達との会話も弾むようになり、今は大学生になっている次女とは、なんでも話すようになっている。この娘は、たまに冗談めかしく「オイラはさあ…」などと、“男言葉”をつかったりするが、かえって、そうした言葉遣いが親近感を表現しているように感じられるこのごろだ。
(平成14年9月25日記)
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