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  プロフィール

  平成5年、郷里北海道の空知教区教化部長(※註1)として滝川市に赴任した時、次女由希子はまだ小学2年生でした。近所に小学1年の真紀ちゃんという子がいましたが不登校で一学期は学校へ行っていませんでした。
  途方に暮れた両親から相談を持ちかけられた私は、次女の由希子にこう言いました「ゆっこちゃんも一緒に祈ってあげたらいいよ、むずかしいことないよ、真紀ちゃんが元気で学校行っている姿を心に描くだけでいいんだよ!」と言うと、「うん。わかった!」と、目を輝かせ、早速翌朝から私達夫婦と一緒に神想観(※註1)をはじめました。正座の足が痛いらしくごそごそやりながらも、一所懸命やっていました。
  暫くした後、次女が真紀ちゃんを誘うとなんと一緒に学校へ行くではありませんか。それっきり彼女の不登校は消え去ってしまいました。ご両親はとても喜び、それから家族ぐるみで仲良くなりました。このときに“人のために祈ることの悦び”を実感した次女は、「私、大きくなったら 、お父さんの様に生長の家の教化部長になるんだ!」としばらくの間言っておりました。

  その次女が高校2年生に成長した平成14年5月。私は生長の家青年会副会長として東京勤務になっていました。年に一度の大行事である青年会全国大会の前日の話です。
  会場の日本武道館での前日準備も終わり、夜9時に帰り支度をしていた時、携帯電話が鳴りました。出てみると「こちら警視庁ですが・・」と言うではありませんか。あれ警視庁に知り合いなんかいないはずと思っていたら「おたくの高校生のお嬢さんがカラオケ店で仲間とたばこを吸っているところを先程補導しました。お嬢さんに代わりますから、お父さんから厳重に注意して下さい!」と婦人警官からこわい口調で告げられました 。やがて次女が出て「お父さんごめんなさい!」というので、私は厳かに一言「ばかもん!もう二度とするな」と言っておきました。
   さて電話で怒鳴ってはみたものの自宅へ帰るまでの一時間半、電車の中で次のように考えました。“ああ、そういえばこのところ仕事ばかりで子供を放っていたなぁ 、すまなかったなぁ。次女は神の子で本来素晴らしい子なんだ、少々の失敗は構わない。これから本来の素晴らしさを現せば良い・・”と 次女の神の子の姿を積極的に念じました。
   帰宅すると次女は戦々恐々としているのがよく分かったので、この件については一言も言わずに過ごしていました。あとで家内に聞くところによると、「きっとお父さんに殴られるよね」と覚悟していたそうです。

   その翌日、次女に一大変化が起こりました。それまでの次女は自由な校風に任せ、頭は金髪、パンツの見えそうな超短いスカート姿でした。私は当時青年会副会長でしたから、娘のこの格好は何とかなんないものかなあ・・と常々悩んでいました。 ところが髪を元通り黒くし、服装もまともな格好に替わったのでした。
 
 暫くすると東京第二教区の生長の家高校生連盟(※註2) の連盟副委員長となり、いろいろな行事のお誘いを先頭立ってするように生まれ変わっていきました。
   彼女は今、社会人として毎日元気で活躍しています。また生長の家青年会でも独身女性の場である「花のつどい」の会場リーダーになる決意をしたと聞いています。
                               (平成17年4月16日記)

(※註1)教化部長・・生長の家各教区(全国を59教区としている)に常駐の本部の出先機関として、配属される。各教区での最高責任者。
(※註1)神想観・・・・生長の家独特の座禅的瞑想法
(※註2)生長の家高校生連盟 ・・・生長の家の高校生のグループ名
                               

 
++解説++

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