私が結婚したとき心に誓ったことは、「夫婦調和し、少なくとも絶対に子供の前では親の喧嘩をしている姿を見せない」と言うことでした。
その理由は私が小学生のころ、目の前で両親の大喧嘩が始まり、母親が泣くところを見たからです。その時、私は息が出来なくなるほど胸が苦しくなり、心がまるで何かで切り裂かれたようになったことを今でもハッキリと覚えています。それからというもの、私は父を心の中で侮辱し、口をほとんどきかなくなったのでした。
生長の家総裁・谷口清超先生は、「夫婦調和」と「親子調和」について次のようにお示しくださっております。
<< いうまでもなく夫婦調和は家庭生活の根本であって、親子の大調和とともに二本の柱をなしています。しかもこの二大原則は、お互いに関連し合っているのです。つまり夫婦が調和し合っている家庭に、よい子が生まれ育ち、その子が親を愛するようになる。夫婦がお互いに喧嘩し合っていると、それを見て育った子が、そんな親をどうして尊敬することができるでしょう。どうしても親を馬鹿にするようになる。
親の方も、子供をつかまえて、つれ合いの愚痴をいう。小さい赤ん坊をつかまえてグチを言う人はないでしょうが、多少大きくなると、必ずそれをやりだす。しかも母親の方が、子供と一緒にいる時間が多いから、どうしても子供は「父親の悪口を聞きながら育つ」という結果になる。これでどうして「父を愛し尊敬する子」ができるでしょうか。
そうかといって、そんな父と結婚して、ズルズルべったりに生活している母親を尊敬するという訳にも行きません。だからついでに母親も馬鹿にする。こうして夫婦不調和の家庭で育った子供は、必然的に父か母か、又多くはその両方に対して愛や尊敬を欠くことになる。だから「夫婦調和」と「親子調和」とは、別々の問題のようであって、決してそうではないと言わざるを得ないのです >> (『父と母のために』57〜58頁)
両親の争いを見ることほど子供にとって悲しいことはありません。夫婦喧嘩を目の当たりにしてから、私は次第に何事にも臆病になり、自分に自信が持てず、劣等感の固まりのような消極的な人間になっていきました。中学、高校、大学へと進学し、就職する中で人間関係の問題でしばしば悩みました。
そんな中、私にとって救いだったのは、母が生長の家を信仰していたことです。母の影響から私も生長の家を信仰するようになりました。私の信仰が深まる中、父に対して本当に感謝できるようになり、生長の家本部へ奉職することができました。両親に感謝することでさまざまな問題が解決したのだと今になって思います。
幼い子供は、父母の心の動きに驚くほど敏感に感応します。私たち夫婦においてもまさにその通りで、チョットしたことで夫婦不調和になると、必ずと言っていいほど子供が熱を出したり、怪我をしたりしました。まさに子供は夫婦の「愛の結晶」だと思いました。
子供にとって、両親(夫婦)がお互いに仲良くし、調和した明るい家庭を作るということはとても大切なことです。これからも妻や子供達に愛と感謝の気持ちを表現し、「夫婦調和」「親子調和」した家庭を築いていきたいと思っています。