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●解説>>
子供を誉め讃えること、これは別に期待でも、希望でも、取引でもありません。その子の真実の姿を語ることです。むしろ本当の正直な言葉です。この真実が語られますと、不思議なことに、子供は見る見ると輝いてきます。 そして、その子に宿る神の子の良い要素が、芋蔓式に顕れて参ります。
それでは、どうして讃嘆するとその子の善さが現れてくるのでしょうか。
テキストの『大道を歩むために』の13頁には、次の様にお示しいただいております。
<<つまり人はあらゆる者を愛するところの神性・仏性であるから、すべての動物植物を愛護する者であり、豊かな智慧と愛の主人公なのである。これを昔から「万物の霊長」というような言い方をした。従って、人が真に人を愛し、愛護讃嘆するときには、人も動植物も、山も川も、森羅万象が生き返り、花開き、鳥歌うような姿を如実に表すことが出来るのである。>>
山も川も、動植物も、森羅万象は、何か勝手に突然顕れた、ということではなくて、実は神様が 創造したもの、神様の心から産まれたものである、というのが生長の家の世界観です。
ですから、私達人間も神様から産まれた神の子でありますから、私達の本心こそ、森羅万象を創造された神様の心そのものであり、そして私達人間こそが、「万物の霊長」として、その神の愛を実践し、表現する愛の主人公である、とお示しいただいております。
ですから、私達の、その神様の心が鳴り響いて、人を真に愛して、心から讃嘆したとき、その愛され、讃嘆された者の命が燃え上がらないわけがあろうか、ということですね。
何か不都合な事が起こるのは、私達が愛を実践し、表現するという主人公としての役割を果たしていないときである、という事になるわけです。
子供の悪い点にいらいらして、怖い顔をして叱りつけて、引きこもりになってしまうような教育ではなくて、素晴らしい宝を発見して、それを心から讃嘆する、それが子供が輝いて、うれしくなる秘訣です。(平成15年5月31日)
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