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「ただいま!」と言って帰宅した私は、当時中学2年生の長男坊を見て言葉を失ってしまいました。髪の毛がすべて総立ちになっていたんです。息子が小学校の5年生の時に仕事の関係で一家で東京に引っ越してきました。そして息子が中学校に入ってからは勉強の方が追いつかなくなり、成績が段々下がってきた、そんな時でした。迷惑な話ですが同じ寮に住む同僚が、息子のことを「爆発頭(ばくはつあたま)」と名付けたのです。
爆発頭の息子は、その後色々なことをしてくれました。ある日、見たことのない自転車に息子が乗っていました。私が、「その自転車はおまえのじゃないな」と言うと、「自分の自転車は友達に貸してある」と言うのです。「じゃあこの自転車はどうしたんだ」と問いつめると、「拾ってきた」とぼそぼそと答えました。私は他人の物を勝手に使用することはいけないと言い聞かせ、自分で改造もしていたその自転車を元に戻させて、息子と二人で警察署に届けに行ったことがありました。
また、中学校の先生から何度も呼び出しがありましたが、極めつけは卒業式でした。卒業式の日の夜に、仲間で卒業記念にと校舎にラッカースプレーで落書きをしたのです。息子は自分の落書きにサインまでしたため、翌日先生に見つかって呼び出され、全員で落書きを落とすという事件も引き起こしました。
私は子供の頃からまじめ人間の堅物で、曲がったことが大嫌いでした。その嫌いなことを息子が全てやってくれるので、息子を叱ってばかりいました。しかし、これではいけないと思いながらも、どのように接したら良いのかずいぶん悩みました。
ある時、ふと私自身の小学校時代のことを振り返って見ました。私は小学6年生の時に、少年野球をしていた関係で自ら進んで坊主頭になったことを思い出したのです。当時小学校は長髪で良かったのですが、私一人だけ坊主頭で登校していました。記念写真を見ても私だけつるつる頭で写っているのです。
そこには普通の児童ではない私がいました。その時、時代は異なるものの「なんだ、自分も息子と同じようなことをしてきたじゃないか」と気づくことができ、それで子供の見方がとても楽になりました。その後、長男と話す時の“心の構え”みたいなものが段々なくなり、気軽に会話ができるようになってきたのです。
高校生になっても息 子は相変わらず爆発頭でした。しかし、次第に息子の良い面に気づくことが多くなりました。例えば、息子は他人への挨拶がしっかりできるのです。ある時、近所の人から、「おまえのところの坊主はなかなかいい挨拶をする」などと言われたことがありました。また、お土産や頂き物の菓子などが届くと、すぐに食べるのではなく必ず神棚と仏壇にお供えしてから食べるのです。これには親の私もびっくりしました。
とかく子供の悪い面に注目しがちですが、その掴みを放せば、本来持っている良い姿を見つけることができます。息子の問題行動を解決する答えは外にあるのではなく、親である私の中にあったようです。
平成16年
5月23日記
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