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今から10年ほど前の、年の瀬も押し詰まった12月28日のことでした。御用納めが終わり、ほっとして帰宅すると、妻と子供たちがリビングで、沈んだ顔をして何やら話をしていました。「何かあったの?」と尋ねると、妻は「財布を落としたらしい」と言いました。それを聞いていた子供が、「お母さん、それは違うよ、盗られたんだよ」と言いました。財布の中には、カード類のほかに、現金が10万円ほど入っていたそうです。
ことは、妻と長女が近所の大型スーパーへ買い出しに行ったところから始まります。年末年始用に買った食料品を車に積み込み家路につきました。まもなく我が家に到着というとき、財布をお店で利用したカートの中に忘れたことに気づきました。
あわてて引き返すと、離れた場所からではありましたが、カートがそのままの状態であるのが確認できました。年末で駐車場が込んでいたため、車を駐めるのに手間取っていると、見知らぬ男性がそのカートをのぞき込んでいるのが見えました。すると、その男性はカートから何かをつかみ、自分の車の中にポイと放り込んで、店内へと入って行きました。
驚いた妻たちは小走りでカートまで行き、中を確認すると案の定、何も入っていません。そこで妻は長女に「あの男性が来たら、私が戻るまで待ってもらうように」と言い、財布が届いていないかをお店の人に確認をしに行きました。やはり財布は届いておらず、2人でその男性が戻ってくるのを待つことにしました。
しばらくすると、その男性とおぼしき人がやって来ました。妻が「このカートの中に、財布が入っていませんでしたか」と尋ねると、その男性は「いいえ、入っていませんでしたよ」と言い、すぐにその場を立ち去ってしまいました。
財布を盗られた話の顛末(てんまつ)を聞いた中学生の娘が「お母さん、どうしてそのとき、車の中を見せてくれませんかって言わなかったの? シートの下に財布はきっとあったんだよ」と言うと、妻は「そうなのよね。だけど、それが言い出せなかったのよ。あの人、亡くなったお父さんによく似ていて、本当に良さそうな感じの人だったのよ」と言うのでした。
すると、高校生の息子が「お母さんは、すぐに人を信用する癖があるけど、それはとても危険だよ」と言い、他の子供たちも口々に、そうだ、そうだと言い出しました。
子供たちの言葉に我慢できなくなった私は、「お母さんは、いいことをしたと思うよ」と反論しました。すると子供たちは「何を、いいことをしたの? 何もいいことなんかしていないよ、最悪だよ」と言いました。私は、「だってお母さんは人を信用したよ。人を良い人だと信じることは、良いことをしたことと同じだと思うよ」と諭すように言いました。
しかし、軽い気持ちで言ったこの言葉をきっかけに、小学生から大学生まで5人の子供たちを相手に、口角泡を飛ばす“激論”を数時間にわたって展開することになったのでした。こういうときに味方をしてくれる頼みの妻は、「お父さん、もういいの、私がバカだっただけ。今日は疲れたので先に休ませていただきます」と言って、さっさと退散してしまいました。
さて、次の日か、その次の日のこと。我が家の郵便受けに封筒が入っていました。中を開けると、なんとあの無くなった財布だったのです。中身を確認すると、カード類はそのまま、現金もそのままで、1円たりとも盗られていませんでした。おそらく中にあった免許証を見て、我が家に送ってくれたのでしょう。ただ、封筒に差出人の名前はありませんでした。
夕食のとき「今日はスゴイことがあったよ」と財布が戻ってきたことを子供たちに話すと、「その男の人が送ってくれたのかな、その人はいい人だったんだね」「でも、なぜその人は、お母さんが財布のことを尋ねたときに“知りません”って言ったのだろう」と口々に言いました。
私は、「もしかしたら、はじめは盗ろうという気持ちもあったのかも知れない。でも、お母さんと会って、そういう気持ちが無くなったんじゃないかと思う。やっぱり、お母さんはいいことをしたんだよ。お母さんは、その人に、亡くなったお父さんを重ねて見ていた。人は、自分 を本当に良い人だと信じている人を、裏切ることはできないものだよ。だから、人を良い人だと信じる人にとって、悪い人はいないんだよ」と言いました。
すると、急先鋒となって反論していた息子は、腕を組んで「うーむ、そうかな……」と言ったきりになり、他の子供たちも黙ってしまいました。
妻は封筒を見ながら「わざわざ切手を貼って、すぐに送ってくれたんだわ」と感慨深げな様子でした。
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