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私は青年時代、出身地である福岡県で生長の家の教えをより多くの方にお伝えしようと思い、熱心に家庭訪問や、青年の集まり等で講師として講話をしておりました。
この運動を連日遅くまでおこない、私は“人類光明化運動の若き選士”を自任していました。
そんなある日のこと、先輩と家庭訪問に向かう車中で運動のあり方について熱心に語り合っていた時、先輩が「ところで大膳。お前はたまに早く家に帰った日に、ステテコ姿になってビールを飲み、赤い顔をしてナイター観戦に興じたりしていないだろうね」と聞いてきました。私は返事に窮しました。実はそのような姿を家族の前で度々さらしていたからです。
先輩はさらにこう言いました。「大膳。お前が夜遅くまで運動をやることは実に素晴らしいことだ。しかしお前の子供達はその姿を見たことがない。見たことがあるのは、家でゴロッと横になってテレビを見ているお前の姿だけかもしれないよ」
この一言は私の肺腑を抉りました。顔がみるみる赤くなっていくのを感じました。
「人類光明化運動に頑張っているのだから、子育て等、家のことは家内の仕事」と勝手に決めつけ、多寡を括っていた私は、“人類光明化運動の若き選士”どころか“ダメな親父”の姿を子供達に見せていたことに気づいたのです。これは、信仰を持っている人に限らず、世の働く男性達にも大いに言えることではないでしょうか。
私は、家に帰り、子供達の寝ている横に座り、その寝顔を見つめました。「申し訳なかった」という思いがこみ上げ、正座瞑目合掌して子供達を礼拝させていただきました。そして運動の時だけの“生長の家人”から家庭においても真理を実践する“24時間生長の家人”への自己変革をする決意をしたのでした。
それから子供達の神性・仏性を礼拝しつつ、「日々の生活の中でどうやって真理を実践する姿を表現していこうか」と真剣に考えました。
そのような中で実践したことの一つに、食事の前に、谷口雅春先生著『こどもの祈り』21頁にある「食事の時のお祈り」を家族みんなで声に出して唱えようという提案でした。毎日の生活の中で必ず行うこと(食事は毎日します)の中から真理を実践し始めることが大切ではないかと考えたのです。
最初は私の声だけが大きく子供達はボソボソと唱えていましたが、毎日繰り返し唱える度にだんだん声も大きくなっていきました。また食事中の会話も弾むようになり、「今日も三食ご飯が食べられてありがたいね」「お母さんが作った料理が一番美味しい」等の嬉しい言葉も飛び交うようになりました。『生命の實相』第7巻生活篇209頁に書かれている「われらが楽しい晩餐に対うとき、われらの前には、愛する家族たちの楽しい顔が並んでいる。(中略)寛ろぎと、自由さと、愛の言葉と、栄養を与えてくれる食物とが終日のわれわれの労苦をなぐさめ癒してくれるのである。かくのごとく本当の善き家庭は実に天国であるのである」というご文章の如き光景が現出したのです。
あの時の先輩の一言は、私を“本当の生長の家人”へと導いてくださる“頂門の一針”だったのでした。
(平成19年8月31日記)
(※註)人類光明化運動=全ての人類を光明化するための布教活動。
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