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「バイ、バーイ!」
「バァイ、バァーイッ!!」
妻の友人や、娘の友達など24人ほどが見送りにきてくれる中、私達が車を出発させると、数人の娘の友達が走って車を追いかけてきました。
娘は手を振りながら、力の限り何度も何度もそう叫んでいました。
私は、走ってくる子供達を見て思わずアクセルを踏む足をゆるめましたが、それでも車は走らせました。ルームミラーに映る娘に目をやると、胸が張り裂けんばかりに心が痛みます。ハンドルを握る手に力が入りました。
そうして友達の姿が見えなくなると、娘はそれまで本当に精いっぱい堪えていた涙をどっと流し、大泣きしはじめました…。
今年の3月末、私は、妻と、春から小学1年生になる娘(春和=はるな)を連れて、秋田県に転勤することになりました。娘は、それまで3年間通った幼稚園のどの友達と小学校で一緒のクラスになれるかを毎日楽しみにしていましたので、急な引っ越しに、「春ちゃんだけ何で○○小学校に行けないの?」と切ない声で何度も私に尋ねてきました。
私には転校した経験がありません。ですから、大好きな友達がみな同じ小学校にあがる中、自分だけ別れないといけない娘の悲しみは如何ばかりかと慮るばかりでした。
そんな時に考えたのです。この小さな娘の心に、今回の別れはどのように刻まれるのだろうかと。幼いときの印象が人格形成に大きな影響を与えるとは巷間でもよく認知されるようになりました。生長の家の御教えで、「心に描いた想念によって運命がつくられる」と教えられていますので、わずか6歳といえども、この機会に強く抱いた感情が娘の人生にも必ずや大きな影響を与えると思ったのです。
「どうして自分だけこうなってしまったのか…」
「あの出来事さえなければ、今こんなはずじゃなかったのに…」
と、将来において何かに躓きそうになったとき、虚しさや不平から今の境遇を嘆き、不運をかこつ人生になるのか?
はたまた、そこから新しい希望を見出し、前向きに人生を歩む人間力を身につけるのか?
その違いは、親や周囲の人が、その時々においてどのような方向に子供の心を向けさせてあげられるかが大事だと思いました。「仕方がない、どうしようもない…」と、境遇に振り回されたり、流されたりするような人生観を娘には持ってほしくない。大げさかも知れませんが、小さい娘にとっては、明るい人生の希望を切り開く力を培うための、今がその時機の一つであると実感しました。
「お別れの時にあんなにたくさんの友達が来てくれたのは、それだけ春和がみんなに愛されていたからだよ。それは、春和がみんなのことを大好きだったから、みんなも大好きになってくれたんだよ」
「秋田に行ったら、また新しい友達がたくさん待っている。きっと前みたいに仲のいい友達ができるよ。その友達は、春和が秋田に引っ越さなかったら出会えなかったんだから、春和が来てくれたことを喜んでくれるね」
「引っ越しをしたらいろんな所に友達がたくさん出来るでしょ。お盆に実家に帰ったら従兄弟たちと遊べるように、いろんな所に旅行に行ったら、そこでお別れした友達とまた遊べるし、友達の家にお泊まりにだって行ける。日本中にお泊まりできる友達をつくろうか」
そういった言葉を、今でも幼稚園時代を懐かしんだりする娘に語りかけています。交友関係の広がりが心の広がりを生み、別れの痛みが他のいのちを思いやる温かく優しい心根を養い、すべての事象が娘の人生に光と潤いを与えてくれる“神様からの贈り物”だと信じてくれることを願って。
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