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近況:

●解説>>

 私は生長の家を20代前半から信仰していたため、自分がいざ結婚することになった時に、妻や子供に対し心から讃嘆して毎日を過ごしていこうと思っていました。実際には、日々の雑事にまぎれて、自分の目の前のことを処理するのに精一杯で、相手の良き点を拝み引き出すということが大変おろそかになっていたと気づきました。

 また、私たち夫婦にとって最初の子である長女が生まれてからは、熱を出したり、喘息の発作を起こしたり、「幼稚園に行きたくない」とぐずる長女を、どうやって説得したらいいのか等、夫婦で目の前の事柄に追われることが多く、ついよその子供と比較してしまったり、はじめてのことでオロオロすることが多くありました。この先どうなるのだろうかとの不安ばかりが先に立っていたのだと思います。

 そのような時に救いとなったのが生長の家の真理の言葉でした。
 生長の家総裁・谷口清超先生は、子供の無限の可能性について『愛は凡てを癒す』
267ページで次のようにお説きくださっています。
先ず第一に、子供はどんな子供にも、すばらしい能力がひそんでいることを知ることです。この能力は潜在能力として未だ表面にあらわれてはおりませんけれども、必ず十人が十人、すばらしい「神の子」の能力に恵まれているのであります。従って、私達は、この子供にかくされている無限の可能性を導き出し伸ばし拝むことが大切であります。
 私達は子供に何かをつけ加えて一人前にするのではない。既に子供の中にある神の生命を拝み出すのであります。一粒の麦の中には、フサフサと黄金色に色づく成熟した麦の穂が見えざる姿でかくされているでしょう。それと同じく、子供肉体の、その奥には、その子供の全人格と個性とか、見えざる姿で、もう既にかくされているのであります。

 私たちは、わが子が“無限に伸びる可能性”をもっていると信じることを自分たちの信念にしたいと思い、最近は夫婦二人で早朝に神想観(※1)を行い、まず私達自らが神の子の自覚をしっかり持ち、子供に接するように努めています。

 そして、夜は(毎晩という訳ではありませんが)いつの頃からか、私が家にいる時には、子供の寝しなに枕元で、谷口雅春先生著の『こどもの祈り』(約40ページ)を最後まで拝読させていただいております。この祈りをはじめて5分ほどで、子供たちはスヤスヤと寝息を立てています。「就寝前に良きコトバを読み聞かせることによって、子供の潜在意識を善き方向に向けることができる」ということを生長の家では説いておりますが、祈りのコトバを読むことにより自分自身の心が清められるような気がしています。祈りの中には「希望を実現する祈り」や「劣等感を去る祈り」など、すばらしい真理の言葉の数々があります。

 最近はできるかぎり、子供たちと一緒に拝読しています。私も仕事が忙しくて、一週間連続で子供の寝顔しか拝めない時もあります。時が過ぎるのは早く、子供とじっくり接している時間はほんの一握りかもしれませんが、子供が子供でいる時間を過ぎればその時間は二度と戻ってはきません。子供との一握りの時間を作るために、父親としてぎりぎりの努力をしなければいけないと思います。私たち父親としては、子供がたくさんの楽しい思い出と愛された悦びをたくさん持ち、将来、たくましく社会へ翔ばたいていってほしいと思えばこそ、汗を流していけると思うのです。

 これからも、朝から晩まで家庭を護ってくれる、私の強力なサポーターである妻を愛することを第一にするとともに、一家の柱として、子供の無限力を引き出すために、自分自身が楽しんで子供に接することのできる父親でありたいと思っています。

(注)
(※1)神想観・・・生長の家独特の座禅的瞑想法

 

                                                      

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