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私は現在44歳、小4の長女と、小2長男の父親です。四年前までは広島市で鍼灸治療院と接骨院を開業していました。また生長の家青年会の活動を結婚前から相当熱心にやっていました。治療は遅くとも7時過ぎには終わるのですが、それから青年会活動に出かけ、連日子供の寝た後に帰る生活でした。
そのため、まれに時間が空くと「今しかない」とばかり、子供の欲しがっているものを聞いて、「合体ロボットが欲しい」と言えば、車で玩具店を回り、シリーズ一式をドンと買い与えたりしていました。
そんなある時、妻より「お父さんは、たまにいるときくらい怒る役をやってください。私が叱り役ばかりで、私だけが悪者みたいになる。そんないいとこ取りしてもらっては困るわ」と言われました。普段、子育てに貢献していない後ろめたさもあり、その時は妻に「ハイ」と返事をしてしまいました。
「なんしょんか!!」。それからは、子供が飛び上がるほど叱るのが私の役目となりました。何も考えずにそうしていたのですが、ふと、これでは自分の父(私が中学3年の時に他界)と同じになるのではないかと感じました。
かく言う私の父は寡黙で厳格、まるで武士の様な人で、口を利いてくれるのは叱られるときだけでした。例えば「座れ」と言われると父の話が終わるまで正座をさせられました。そのような父でしたから、私は物心ついた頃から父と普通に会話をした記憶がありません。私は知らず知らずに父のように、子供から近寄り難い父親を演ずるようになっている自分に気づいたのです。特に下の男の子は、私にあまり懐いてくれませんでした。それがずっと気になっていました。
それから、私は、厳しく叱ることと、子供の話をしっかり話を聞いてあげることのメリハリをつけるように、務めて努力をするようになりました。何故“努力する”のかというと、子供と一緒にいる時間的が少なかったこともあり、子供との接し方がよく分からなかったというのが本音だったからです。
今年の七月、東京(生長の家本部)に勤務するようになってからは、新たな難問も浮上してきました。それはゲーム機の問題です。
先日、娘が友達とぞれぞれ何かゲームを持ち寄って遊ぼうと誘われました。娘は手作りのすごろくを持っていったのですが、他の子は全員ゲーム機(ゲームボーイなど)を持参したので、寂しい思いをしたのだそうです。弟も同じような経験をしたようで、このことがきっかけで、今まで「ゲーム機はだめ」と言ってきたのですが、、仕方なく二人にゲーム機を買い与えました。

その時、我が家としてゲーム時間を限定する「一時間ルール」を作ったのですが、子供たちは次第に「もっとゲームをやりたい」と言い出すようになりました。そのような時にはいつも、「宿題が先だ!」と突っぱねてきましたが、私のいない時にはルールはなし崩し状態となりつつあります。昨日も二人でゲームに熱中し夜更かししていたようです。そろそろゲーム機を取り上げようか、思案をしているところです。
今は亡き父譲りの厳しい父親役でいくか、優しい父親役で行くか、妻と話し合いながら子育て勉強中の私です。
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