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「うるさい、黙れ、あっちに行け!」・・・まるで暴君の言葉。
しかし、これはふだん温厚な?私が家に帰ると必ず口にする常套句でした。
私は現在、講習会企画室に勤めて、各地の講習会場に出張しております。そこでは小さいお子さま連れの方は、お子さんが走り回ったり騒いだりすることがあるため、できるだけ親子室にご案内しています。
しかし、家に帰れば、小学生から高校生まで5人の子供達がひしめく我が家は、いわば「今ここが親子室」状態です。しかも、現在住んでいる職員寮の自宅では、充分な部屋数を与えていただいているにも関わらず、何故かみんなリビングに集結してくるのです。
日当たりがいい、冷蔵庫やテレビが近い、会話の相手が見つけやすい・・いろんな理由が考えられますが、かくいう私も一人の部屋に行けばいいのに、本を読むのも講話の準備をしたり、こういうネットや普及誌等の原稿を書くのもすべてリビングでしています。
そこで、冒頭の暴君的言葉を吐いてしまうわけですが、なにしろ多勢に無勢。それで蜘蛛の子を散らして解散してくれるような柔な連中ではありません。そこに家内という超大国が加わるともうお手上げ。下手をすると、逆襲を受けて、こっちが出て行かざるを
得なくなります。
そこで、私は機会を見つけては個別攻撃に走るようになります。いつも帰宅するたびに、
「お前、声が大きすぎるよ、もう少し小さい声で話せ」
「パソコンばっかりしてないで、少しは勉強したらどうだ」
「テレビばっかり見てないでもっと外で体を鍛えてこい」
そして、小学生の二人には、とにかく
「静かにしてくれ」
の一点張り。時々、我ながらうるさい父親だと思ったり、もっと「褒める教育を」と思ったりするのですが、どうしても己の感情を優先させてしまうのです。
ところが、そんな私がこれまで大きく心を揺さぶられたことが二度あります。一度目はもう十年以上も前。我が家の子供が3人の頃。だいたい子供の写真は一人目が多いと言いますが、生まれた時から比較的素直で懐いてくれた長女に対し、次女は一歳になってすぐ
下の弟が生まれたためか、あまり甘えない子供として育ちました。そして、ある日、私がいつものようにリビングで長女を抱っこしていると、三歳ほどの次女がふと呟いたのです。
「お父さんは、どうしていつもなおちゃん(長女のこと)ばっかり抱っこするの?」
私は文字通り、鈍器で頭を殴られた思いでした。
私は生まれたばかりの弟に次女が悪さをしないかということばかり心配していて、次女からの愛を求めるシグナルを受け止めることができてなかったのです。久しぶりに私に抱っこされてニコニコしている次女を見ながら、「どんな子も、親の愛の表現を求めているのだ」と、つくづく思ったのでした。
もう一つは、それからさらに数年後のことです。出張の多い私は四十何回目かの誕生日の夜を一人出張先のホテルで過ごしていました。一応、自分でも予想していましたが、案の定、家族からお祝いの電話もありません。「ったく、父ちゃん元気で留守がいいかあ?」
ぼやく思いでその日を過ごし、翌日帰宅しました。
すると、妻が、「はい、これ」と私に数枚の色紙や便せんを渡してくれました。よく見ると、子供達がそれぞれに、私の誕生日を祝って書いてくれた手紙でした。
「お父さん、いつも家族のために仕事をしてくれて有り難う」(家族のため ばかりじゃないんだけど)
「お父さん、出張がんばってね」(本当はいない方がいいんじゃないか?)
「お父さん、いつもお土産ありがとう」(いつも一番安いやつ選んでごめんな)
と、心の中で茶々を入れつつ、私は涙が出そうになるのをぐっと堪えていました。
思えば、生意気ばかり言う長女も、ダラッとしてばかりいる長男も、それぞれ幼い弟や妹の髪を切ったり、一緒にお風呂に入ったり、遊んだり世話をしてくれて、どれだけ父親である自分は助けられてきたことか。
パソコンでインターネットしてばかりと思った次女も、実は目立たないところで黙々と勉強し、障子の張り替えなども黙々とこなし、またパソコンのメールで遠くに転校して悩んでいる友人を励まし力になっていたというのを私は後で知りました。
さらに、うるさいとしか思わなかった小学生の次男と三女も、祈っていると、いつの間にか近くに来て手を合わす、素直な子達でした。
そして、前から私は家内に対しても、食事、掃除、洗濯等、家事について不平を口に出すのが多かったのに、子供達はときどき夕食が遅くなっても、自分たちの部屋の掃除や洗濯物の整理を任されても、たいして文句も言わず母親に懐いているのが不思議でしたが、それも家内が、(私の)目に見えないところで、子供達の目線に立ってコミュニケーションをはかり、形ではない愛情を注いでいた。だから、うちの子供達の心はこんなに安定しているんだとわかりました。
よくよく考えれば、そんな家族に甘え、支えられてきたのは、父親である私の方だったのです。
(平成18年12月1日)
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