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かつて出張で新幹線に一人でよく乗っていた頃、車内で赤ん坊の泣き声を何回も聞きました。特に夏休みの季節になりますと家族旅行が増えて、禁煙車輌には乳幼児を連れた家族連れが多く乗るようになります。当然の結果として、赤ん坊が泣き出す場面に遭遇する回数も多くなります。そんな状況になりますと、独身の頃の私は「うるさいなー。自分の子供くらい何とかしてほしいなー」と、心の中でよく思っていました。私の座っている席からは、赤ん坊の姿が見えないことがほとんどですが、当時の私にとって赤ん坊の泣き声は「雑音」そのものでした。
なにしろ出張にでかける際の新幹線の中は、私にとっては勉強の場所です。出張先での用件は会議だったり講演だったり、業者との打合せだったり、さまざまでしたが、とにかく、その準備のために、猛烈に勉強をしているのです。ある時、隣の席の年配の紳士から「よく勉強されますなー。このジュースでもお飲みなさい」と、缶ジュースをごちそうになったことが、懐かしい思い出です。ともかく、そんな勉強中に、赤ん坊のギャーギャーと泣く声は「雑音」でしかなく、妨害電波そのものです。イライラしながら勉強していたことをよく覚えています。
このように往路は勉強していますが、復路は、また別の気持ちで乗っています。たいていは出張の目的が達成できたという喜びでホッとしていまして、新幹線に乗る前に、弁当などを買い込みます。それで座席に座って、今回の出張を振り返り、反省を含めて次への展開を考えたりしながら、ゆったりしています。そういう時に、どこかの席で赤ん坊が泣き出すと、「おいおい、自分の子供くらいなんとかしてくれないかなー」と、やはり自分中心に考えて、イライラしていました。恥ずかしながら、私はその程度の人間でした。
ところが自分に子供が生まれてから、私自身に変化が現れたようです。結婚の翌年にわが家に赤ちゃんが生まれました。最初の子供は、多くの父親にとっても同じだろうと思いますが、ほとんど母親の付属物に見えました。赤ん坊がぐずったり泣いたりする時に、父親である私が抱き上げても赤ん坊は泣きやまないのですが、母親である妻が抱き上げて、最終兵器(おっぱい)を含ませると必ず泣きやみますから、親といっても子供が乳児のうちは、父親は母親に勝てません。別に妻と勝負をしているわけではないのですが、「子供は母親のもの」という漠然とした感情があったと思います。おむつを替えるのも、私は当初、かなりヘタでした。そんな私でしたから、子供が生まれて自分に変化が起こっているなどとは、夢にも思っていませんでした。
わが家に最初の赤ん坊が生まれて半年ほど経った頃です。以前と同じように、新幹線の中で勉強中に、赤ん坊の泣き声が聞こえてきました。私は顔をあげる余裕もなく勉強していますから、赤ん坊の姿は見ていません。赤ん坊と私の距離もわかりません。その時です。私の心の中で「あれっ、あの赤ちゃんは、おむつが濡れたのかな?
それともお腹が空いたのかな?」と、心配する気持ちが起こっていたのです。次の瞬間、「あれっ、独身の頃だったら、この同じ状況で、顔も見えない他人の赤ん坊を心配するなんて、あり得なかった!
なぜ赤の他人の赤ん坊のことを心配しているんだろう?」と、自分の心の変化に驚いてしまいました。確実に言えることは、独身の時には「雑音」でしかなかった赤ん坊の泣き声が、自分に子供が生まれた後では、少なくとも「雑音」ではなくなっているということです。私は「赤ん坊に育てられた父親」のようです。
(平成19年11月16日記)
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