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昨年の12月、次女が生まれて6ヵ月程たった肌寒い冬の日のことです。
妻から携帯電話に連絡が入り、次女(美羽、6ヵ月) が39度を超える高熱を出し、近所の小児科に連れて行ったというのです。
子供が小さいこともあり、私は驚きと共に、平常心を失ってしまいました。お医者さんは「肺炎のおそれがあるから、すぐに大学病院に連れて行く様に」と、すぐに紹介状を書いてくれました。
急いで職場の「飛田給道場」から車を走らせて、長女(優衣、6才)を保育園に迎えに行き、更に妻と次女の居る小児科へと向かいました。
小児科に着くと、妻はあきらかに気が動転した様子で涙を流していました。先生と話す声も高ぶっていました。私も動揺しそうな心を静めるためか、無意識に心の中で何度も「ありがとうございます。ありがとうございます・・・」と唱え続けました。
道場生活をおくっていても、いざ身近に災難や不幸がおこった場合、なかなかすぐには悟れない事を実感しました。
大学病院に到着すると紹介状を持っていったということもあり、すぐに診察室に通されました。結果は「肺炎のため緊急入院」ということなりました。
うつろな表情で、ぐったりしている次女を見ると、いたたまれなくなり、胸が締め付けられる思いになりました。妻は次女を大学病院で完全介護することになり、その晩から急遽、私と長女との2人の生活が始まりました。
私はこの時、半年前に次女の出産時に、妻が1週間入院した時のことを思い出しました。長女は、次女が生まれるまで、1度も母親と別々に寝たことがありませんでした。そのため私と二人きりになると「お母さんは何時帰ってくるの、早く会いたい」と大泣きするのでした。普段から仕事中心の生活で、家庭の事は妻に任せきりだった私は子供一人満足に世話することが出来なかったのです。私は自分の不甲斐なさを痛感したのでした。
しかし、この日の長女はその時とは違っていました。病院に母と妹を残し、私と二人で帰らなければいけない寂しさをこらえ、妹に気遣う様子が感じられたのです。その姿に安堵すると同時に頼もしささえ感じました。「長女はいつのまにこんなに成長したのか」と
我が目を疑うほどでした。
それから次女が退院するまでの1週間は、仕事の合間に長女の保育園の送迎、洗濯、掃除、朝夕の食事の準備に加え、入院先に顔を出すという慌ただしい日々を送りました。つくづく家族全員が何事もなく健康で日々生活することの有難さを体験しました。
「難有り有り難し」である−−−
私は道場生活をしているにもかかわらず、日常生活において何事もなく生活出来ていることに「感謝の心」を忘れていたのでした。
あれから、ちょうど一年程たちましたが、次女はもちろん、家族皆仲良く幸せに生活しています。
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