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皆さま、ありがとうございます。(拍手)
私は、高校の教員をしております。生長の家に触れたのは、高校3年の時に高校生練成会に参加したのがきっかけです。
今日の発表は、ある意味では大変恥ずかしい話でありまして、お断りしたいと思っていたわけですが、本部相愛会部から強いお勧めがあり、また、娘の体験が多くの方の参考になれば良いかなと思って、恥を忍んで発表させていただきます。
実は私、孫がおります。孫がいる歳ではないのですが、すでに一人生まれました。二歳になります。ついこの間、その孫が数えで三つになりまして、「七五三の宮詣りに行ってきた」と娘から電話がありました。
娘と、娘の主人と、しゅうと、しゅうとめと「皆で行ってきたよ」ということで、孫は明るくのびのびと育っております。
その娘とは長女のことですが、高校二年で退学して結婚し、出産しました。
娘が高校二年の時に、「ボーイフレンドができて、赤ん坊ができた」というのです。それを聞いたときは、びっくりしたどころではなくて、怒り心頭に発しまして、生長の家も何も吹っ飛んでしまったわけです。
父親の私としては、「無念、残念」ということで、嘆きました。怒りと嘆きで、そして不憫さで、男泣きに泣いたわけであります。勤務先でも、そのことが頭から離れず、仕事がなかなか手につかないこともありました。
とにかく、神想観をして、どういうふうにことを進めればよいかを考えました。
最初に頭に浮かんだのが、「"生まれてくる子供の命を守る"ということを第一にしよう。み教えに従って進めていこう」ということでした。そして、「妻と娘を練成会に参加させよう」と思い、二人はこの本部練成道場にお世話になりました。
いろいろ問題がありましたが、本人も相手の男性も、「産んで育てたい」という意志でありましたので、「とにかく"子供の命を守る"ということを第一にすれば、あとは自ずとうまく行くだろう」と判断しました。父親として「すべてを受けとめよう」と腹を決めたわけです。
当時私は、相愛会教区連合会の壮年対策部長を拝命していましたが、「これからはお役を果たせるだろうか」と思いまして、身の処し方を教区連合会長に一任しました。すると、「ぜひ続けてやって職責を全うしてください」というので、「壮年対策部長として、これまで以上に頑張らないといけないなぁ」と思いました。
それから学校では、長女と同じ年の生徒の担任をしていました。この件は、自分の子供の不祥事でありましたので、「担任として、子供を指導する資格がないのではないか」と思い、校長のところに行きまして分掌(校内の業務担当)を一任しました。校長はしばらく話を聞いてくれて、「続けてやってください」という話をしてくださいました。
今、思い起こしますと、親として反省すべきことも多々あったと思います。
娘と相手の男性が、我が家にあいさつにきましたが、私にはその男性が娘を奪っていくように思えて、二人を怒鳴ることが先になってしまいました。その男性は菓子折りを持ってきたのですが、下の三人の子供には、「その菓子は食うな」というほど、腹立たしい思いをしていたのです。
その後、妻ともいろいろ話をして、「親として反省することもあるな」と思い、次第に、「娘と相手の男の人が、私たち親の業を浄めてくれたんだ」というふうに思えるようになりました。それで、感謝とざんげをしました。
「親としての愛情表現が足りなかった。もっと深く関わる必要があった」と反省しざんげする思いが出てきますと、「娘は私たち親を磨いてくれる観世音菩薩様であった。娘の夫は、娘の心を開いてくれ、幸せにしてくれた」と感謝することができるようになりました。
すると気持ちが落ち着き、「まず、結婚式を挙げなければならない」と思えるようになり、娘は学校に退学届けを出しました。結婚式の約一カ月前になって、「小さい時、一緒に風呂に入り、一緒にテレビを見てきたこの娘が、あと一カ月で親のもとを去る」と思うと、胸がいっぱいになりました。
「あと一カ月、親として何をしてあげればよいだろうか」と、妻と話し合いました。そして、「嫁ぐ前の娘に、親として最後の話をしよう。しつけをしっかりしておこう」と思い、私は、生長の家の聖典をテキストに真理の話をしました。夕飯を食べた後に、毎日少しずつ、娘と話をしました。妻には、嫁入り前のいろいろな準備や注意について話してもらいました。
ちょうどそのころは、壮年層を開拓するための講演会を計画しておりまして、地元での開催が迫っており、私はその責任者でしたので、参加促進も正念場を迎えていた時でした。私はチラシを挟んだ普及誌をもって参加促進に回ったわけですが、その時に"ポスト愛行"しながら出てくるのは、「どうか、この家の家庭が幸せになりますように、胎児の命が救われますように」という祈りの言葉でした。
娘の結婚式は、家族だけのささやかな式で、披露宴はありませんでしたが、その後、めでたく男児が誕生しました。珠のような神の子でありました。(拍手)
「生まれた子は、娘の嫁いだ家の光なんだ」――。 私と妻が生長の家のみ教えを知らなかったら、この子はこの世に生まれてこなかったと思います。娘の学校に退学届けを出しに行った時にも学校の先生から、「これからどうします?」と聞かれましたが、「子供を産んで育てるんです!」と、はっきり言いました。ですから、「この子は、生長の家のみ教えによってこの世に生を受けた生命である。真理を伝える使命を受けた霊の選士なんだ」というふうに思っています。(拍手)
また、娘は嫁いでから家にいた時よりも大変明るく、素直になりました。今は大変幸せにしています。
家内が開催する母親教室にも参加してくれるようになり、今年の六月に開かれた、生長の家副総裁、谷口雅宣先生の講習会にも、娘と娘の夫と孫と三人が参加してくれました。大変、ありがたいことだと思っております。
今、娘の明るい表情を見ますと、「娘に子供ができたことは不祥事ではなかったんだ」と思えるようになり、「悲しみの奥に聖地がある」という言葉を思い出しました。「すべては、神の栄光を現さんがためなんだ」という言葉も、ふと思い出し、「これで、よかったんだ」と感謝することができるようになりました。
その後のことですが、同じような問題で個人指導を受けたいという人が訪ねてきました。不思議なものです。
また、私は学校で生徒を指導する立場ですので、「ちゃんとした性教育をしなければいけない」と思いました。大変悲しいかな、青少年向けに出されえている性教育のパンフレットは、コンドームの使い方とか、ピルがどうしたというような、そんなものなのです。
「そうじゃない。生長の家の教えに基づいた指導をしなければいけない」と思いまして、教室で普及誌を開いて、「愛」と「性欲」とは違うことを教えています。それから、「性の交わりは結婚してからだ。親を泣かせるようなことはするな」ということも話しています。それでも、特に女子生徒には、もし子供ができたら、「学校をやめて産み育てろ」というはっきりした指導をしています。
今思いますと、私や妻や娘には、「"胎児の命を守るよう人に呼びかける"という使命があったのかな」と思います。そういう意味で、これからもさらに生長の家の教えを広めていきたいと決意しております。ありがとうございます。(拍手)
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