| ありがとうございます。(拍手)
私は10年前に、自分のわがままで20年間勤めていた会社を辞めました。その時、子供たちは一番お金のかかる時でしたが、会社勤めの最後の日に家に帰りますと、妻が「明日から第二の人生ね。おめでとう」と言ってくれました(拍手)。明日から仕事のないわが身でしたが、祝福されて失業生活に入りました。(笑い)
そのころから、生長の家の聖典を少しずつ読むようになり、妻に勧められて誌友会にも参加しました。そして相愛会にすぐに入会して、明るい気持ちで過ごすことができましたが、なかなか仕事は見つからず、二カ月ほど過ぎたころから、だんだん焦ってくるようになりました。
その時、妻に生長の家総本山(長崎県西彼町)の団体参拝練成会への参加を勧められ 、参加しました。そして「これから頑張るぞ」という決意で総本山から帰りましたら、なんと一週間後に仕事が決まりました。「神様から頂いた仕事」と思って、現在も頑張っております。
総本山から帰ってからは、自ら進んで誌友会や相愛会の行事に参加 しました。また、妻と二人で神想観や聖経読誦を行い、誌友会で教えられた「必要なものは必要な時に必ず与えられる」というお話の通りに、子供の教育費のこと、老後のことをくよくよ考えず、「お金を出す時はさっと出そう。お金はない≠ニ絶対言うまい」と決意したら、不思議なことに何も困ることがなく、3人の子供たちを上の学校に進学させることができました。
また、相愛会誌友会を開くために、 「駐車場付きの大きな家がほしい」と思い、設計図を書いて祈っておりましたら、42坪の家と車が
4台駐車できる土地を与えられ、祈りがかなえられました。
私がまだ失業中のことですが、近所で大工さんが自分の家を建てておりました。私は暇なので、大工さんのお茶の時間に訪ねて仲良くなり、いろいろ話すようになりました。その大工さんの夢は、 「妻や子供たちの行ってらっしゃい≠フ声におう、行って来るぞ≠ニ言って仕事に出かけることだ」なのに、「現実には妻とよくけんかするし、子供をしかってばかりだ」と言っておりました。
私は、「相手を変えるより自分を変えろ」という話を思い出し、「まず自分がやってみたらどうですか。仕事に行くときは、元気よく行ってくるよ≠ニ明るく出かけ、帰ったら外でどんなことがあっても、ドアを開けて明るくただいま≠ニ帰んなさいよ」と言いました。そうしたら、「なんで男が、家族におべんちゃらを言わなきゃいけないか」と言っておりました。
しかし、ある日「林田さん、いいことがありましたよ」と言うのです。その大工さんは、このままではいけないと思い、明るく元気に帰ろうと「ただいま」と大きな声を出して家に帰ったそうです。が、何の反応もなく、がっかりしたというのです。しかし、思い直して次の日からも続け たところ、一週間ほど過ぎたころ、妻や子供たちが「お帰りなさい」と、玄関まで迎えにきてくれたのだそうです(拍手)。「本当にうれしかったなぁ」と言っておりました。
そんなことがあってから、彼は生長の家を信仰してくれるようになり、家族が仲良くなり、不調和だった父親にも感謝ができて、今では従業員七人の工務店の経営者として、また私たちの相愛会の同志として、頑張っておられます 。
またある時、近くに住む白鳩会員の方から、「息子がリストラにあ って家にいるので、誌友会に誘ってください」という電話がありました。お誘いすると、誌友会に来てくれ たので、「働いた分のお金は、どうしていたの?」と聞くと、「全部自分で使っていた」と言うのです。それで、「これからは、頂いたお金は少しでも家に入れなさい。そうすれば、お父さん、お母さんも喜び、自分も喜べるでしょう。それが家族でしょう」と言いました。
その後すぐ彼は就職先が見つかり、母親から「子供が家にお金を入れてくれました。もったいなくて、このお金は使えません」という喜びのお話がありました。(拍手)
今、失業者が多いと聞きます。そんな方を、誌友会にお誘いしましょう。真理の言葉によって、どんなに救われるか分かりません。私は、教区にある全相愛会で誌友会を開催するのをわが使命として、全力で取り組んでおります。
千葉教区連合会では、13年度の相愛会誌友会開催率が平均85%で、全国
1位になりました(拍手)。また、今年の3月には、誌友会開催率100%を達成しました。全国の相愛会員の皆さま、誌友会を必ず開催しましょう。誌友会で幸せになったお手本を示しましょう。この素晴らしいみ教えを広めましょう。ありがとうございます。(拍手)
※この体験談は、相愛会の機関誌『生長の家相愛会』平成14年8月号に収録されています。ホームページ掲載にあたりタイトルのみ変更しました。
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