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プロフィール
役職:北阪神地区総連合会会長、池尻相愛会会長
家族:妻、1男2女
趣味:ゴルフ
 この原稿は、平成14年6月29〜30日、生長の家兵庫県教化部で開催された相愛会対策部員研修会における体験談に加筆したものです。 この体験談は機関誌『生長の家相愛会』平成14年10月号に収録されています。

 平成10年 6月、大学受験を控えていた当時高校3年の次女、磨理子(22)が、突然、学校を休みがちになり、夏休みが終わるとまったく学校に行かなくなりました。
 娘が苦しんでいるのが分かった私は、何くれとなく声をかけたりしましたが、もともとあまり子供と話していなかったため、それ以上どうすればいいのか分かりませんでした。

 そんなある日、娘のことを心配した妻から、普段とは違う強い口調で、「磨理子ときちんと話してください」と言われ、私は娘に、自分が20歳ぐらいの時に社会に出て、苦しんだり、涙を流したりした体験を話しました。そして「磨理ちゃんだけが苦しい体験をしているのではないんだよ」「磨理ちゃんがいてくれるだけで、お父さんはうれしいよ」などと、娘の心の中に飛び込むような気持ちで話しかけました。
 そんなことを、会社から帰ってから毎日続け、妻は仏壇の前で、聖経『甘露の法雨』を読誦し続けました。

 すると、不登校が始まってから2カ月後の11月、担任の教師が訪ねてきて、「これからちゃんと出席すれば、ぎりぎりで卒業できるから」と娘を励ましてくださいました。
 娘はそれがきっかけで登校するようになり、その姿を見て私は「磨理子がなんとか自分の力で歩けるようになった」と、ひと安心しました。
 翌年3月、無事、高校を卒業した娘は、栄養士の資格を取得できる専門学校に入学しました。

 ところが、6月の定期試験を前に、再び不登校になったのです。「退学したい」と苦しむ娘を見て、「今度はそうとう深刻だ」と思った私は、娘との会話を続けながら、心の中で、「磨理子は神の子で素晴らしいんだ」と、毎日、唱え続けました。が、娘の状態は変わらず、「あんなに苦しんでいるのだから好きにさせよう」と、間もなく娘を退学させました。

 そんな娘に転機が訪れたのは、同年12月、生長の家宇治別格本山(京都府宇治市)で開かれた一般練成会に参加したことがきっかけでした。
 私や妻の「練成会で何かをつかんでほしい」という願いを受け入れ、一人で練成会に参加した娘は、ほかの参加者の体験談を聞くうちに、「自分の抱えていた劣等感や引け目など小さいものだ」と思えるようになり、心の縛りを解き放つことができたそうです。

 また、講話を聞くうちに、「自分は神の子で、現象はどんな姿でも実相は円満完全である」と素直に心から思うことができ、「今までは苦しさのあまり自分のことしか見えず、親の気持ちを少しも考えていなかった」と反省したといいます。
 練成会後、見違えるように元気になった娘は、引き続き研修生として道場に残り、やがて奉仕員となり、12年5月から同本山の職員として練成部で受付の仕事をしています。

 今は離ればなれの生活ですが、お互いに電話をかけ合って、以前よりもさまざまな話ができるようになり、うれしく思っています。
 娘の問題を通して、親子の会話の大切さなどに気づかされ、私自身も変わることができたと思います。

次女は父をどのように見たのか。手記全文を掲載

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