
生長の家参議長 三浦晃太郎

テキスト『生活と人間の再建』の32頁を開けてください。読んでみます。
『先ず観点を変えよ
基礎が定まらないで、その上に如何(いか)に理想を描こうとも、生活を築こうとも、それは砂上に建てた楼閣(ろうかく)にすぎないのである。この世界を物質であると考え、人間の幸福を物質の多寡(たか)によって定めようとし、物質の面から奪い合いをしようとするならばそこには平和も幸福もあり得ようがないのである。この世界を物質であると見る限りに於(お)いて、物質は有限であるから、少数の人が豊かに生活すれば他の人の分け前は減るのである。自分の豊富は他の人の搾取(さくしゅ)によってのみ成立つのである。唯物論(ゆいぶつろん)を世界観にもっている限りは、其人(そのひと)にとって、こういう考え方は真理である。そこで貧者と富者(ふうじゃ)とは争う外(ほか)仕方がない。このディレンマからどうして人類は脱却(だっきゃく)して豊かにして美しい平和の世界を築いて行くことができるであろうか。
人類は観点をかえなければならないのである。』<後略>
今、世界の各地では民族や宗教の違いなどから紛争になり、流血の惨事が繰り返されているではありませんか。誰もがテロや戦争はよくないことと知りながら、なぜ争いを止めようとしないのか。原因ははっきりしていて相手を敵と見ているからです。敵ならば滅ぼさなくてはならないということで争いになるわけです。もし相手を神の子と見ることができれば決して争いは起こらないでしょう。だから人間をどう観るのか、言いかえれば自分のことをどう思っているかが大変重要になってきます。自分を神の子の素晴らしい存在と思うのか。それともやがて死滅する肉体人間が自分の本性と思うのかによって、進むべき方向が全然違ってきます。
生長の家は立教以来、人間は神の子であるということを世界中の人たちに伝えるための活動をしてきたと話ましたが、すべての人が人間は神の子だという自覚をもつことができれば、この世からテロや戦争を根絶することが必ずできるのです。“人間は死んだら終わりだ”という人間観、人生観に立つ限り、この世界が物を奪い合う争いの場になるのは必然のことなのです。
先程もお話しましたが、今日、地球環境の問題が人類全体の大きなテーマになってきましたが、この課題に取り組んで行くためには、「人間とは何か」「人間はどう生きるべきか」という根本的な問題について真剣に考え、理解を深めなければならないと思います。地球温暖化は人間が招いた結果ですから、経済活動もこれまでのように営利第一主義では、地球環境はさらに悪化し温暖化が進行することになります。人間至上主義というか、欲望従属主義というか、人間は他の多くの生物を犠牲に自分たちの住み易い地球を作ってきたわけですから、地球環境保全に向けての活動に従来にも増して力を尽くして行かなければならないと思います。地球は人類だけのものではなく、他の圧倒的な数の動植物と共有し共存しています。人間だけが神の子ではなく地球上のすべての生き物も神の子ですから、観の転換をはかる、すなわち肉体的人間観から、人間は神の子であるという霊的人間観に人々の心が転換することによって、他の動植物との本当の意味での共生が実現して行くことになります。
それでは私たちはどのような生き方をして行けばよいのか。ここに『生長の家』という名前の小冊子があります。生長の家の運動が始まった昭和5年に発刊された創刊号です。この雑誌には、「生長の家の生き方」が具体的に書かれています。創刊号が出版された頃の日本は戦争に向かいつつある大変暗い時代でした。そんな時代に創刊号には「『生長の家』では朗らかに笑って生きる」「日時計主義の生き方」などについて詳しく書かれています。朗らかに笑ってられないような時代に、人間は本来神の子の素晴らしい存在であり、心次第で肉体人生はどのようにでも作り上げて行くことができるのである、そのためにはどのような思いをもって生きて行けばよいのか、が示されています。朗らかに笑って生きるというのは、日々の生活が苦しいから無理矢理に笑おうというのではなくて、われ神の子であるとの自覚が深まれば、自然に感謝の思いが心に広がり、朗らかに笑って、明るく生きることができることを教えられたのです。
では「日時計主義の生き方」とはどんな生き方なのか。日時計は太陽が照っているときにしか時間の目盛りを指しませんから、心の中に明るい善いことだけを記憶して生きて行くことが、神の子としての生き方であることを教えられたのです。暗いことは心に印象しないのです。生長の家は「生活に生きる宗教」ですから、生長の家の教えを学ぶということは、理屈ばかりを言っているのではなく、神の子の教えを日常生活で実践して初めて本当に教えを学んだことになります。
また、生長の家では“今を生きる”ことの大切さを教えています。「今即久遠」という言葉があります。今の中に永遠があるという大変深い意味ですが、“今の一瞬に全力をつくす生き方”です。人間は誰もが将来の希望や計画を立てて生きていますが、将来計画を立てるなと言っているのではなく、日々の生き方のことを言っているのです。生長の家の信徒さんの中には、時々「仕事が落ち着いたら活動しますから待っててください」と言われる人がいます。私の知人で「勤めている役所が定年になったら生長の家の運動をするから」と言っていた人が、役所の定年前に他界されましてね。先のことは誰もわかりません。明日どころか一秒先だってわかりませんよ。“今を生きる”とは、まさに金言です。朗らかに笑って日時計主義で、今の一瞬一瞬に感謝して全力を傾けて生きて行けば、万物に生かされ喜びに満たされた充実した人生が到来するものと確信します。谷口雅春先生著『生命の實相』第7巻には、『「今」を全力を出して戦いとれ』と題して、“今のほかに時はない”ことについて詳しく書かれていますので、ぜひ読んでいただき生き甲斐のある人生を歩んでください。
さて、地球環境保全への取り組みは、“自他一体の真理の実践”であると申し上げましたが、生長の家には、環境方針(基本認識)というものがあります。初めて来られた方にご紹介したいと思います。
「地球環境問題は、その影響が地球規模の広がりを持つとともに、次世代以降に及ぶ深刻な問題である。今日、吾々人類に必要とされるものは、大自然の恩恵に感謝し、山も川も草も木も鉱物もエネルギーもすべて神の生命、仏の生命の現れであると拝み、それらと共に生かさせて頂くという宗教心である。この宗教心にもとづく生活の実践こそ地球環境問題を解決する鍵であると考える。
生長の家は、昭和5年の立教以来、“天地の万物に感謝せよ”との教えにもとづき、全人類に万物を神の生命、仏の生命と拝む生き方をひろめてきた。
生長の家は、この宗教心を広く伝えると共に、現代的な意味での宗教生活の実践として環境問題に取り組み、あらゆるメディアと活動を通して地球環境保全に貢献し、未来に“美しい地球”を残さんとするものである。」
自他一体の自覚が愛の本質ですが、愛と云ってもいろいろな段階があり、自分さえよければよいというような利己的な低い愛から、生きとし生けるものと一体という最高の生類愛があります。兄弟愛とか隣人愛とか祖国愛とか、どれだけ広がりのある愛深い心が自分の中にあるのか。生長の家の環境方針には、万物を神の生命、仏の生命のあらわれであると拝み、それらと共に生かさせていただく宗教心の実践こそが地球環境問題を解決する鍵であると謳っています。NGOやいろいろな団体が取り組んでいる環境保全の活動も素晴らしいですが、生長の家は人間・神の子、自他一体の真理の実践としての地球環境保全への取り組みです。だから一人一人の心の中に、人間は神の子であるという信仰をもって生活する人を増やして行くことに努めています。同時に具体的な取り組みとして、ISO14001の取得や太陽光発電の設置などを推進しているのです。
テキストの『小閑雑感』part8の151頁(2006年8月29日)を開いてください。谷口雅宣先生は『自然界の循環と温暖化』についてお書きくださっています。
『今朝のNHKのニュースを見ていたら、深海にある液状の二酸化炭素(CO2)を日本で初めて採取に成功したとして、機械仕掛けの“スコップ”のようなもので海底から粘液状のものをすくう様子が映し出された。私は「ヘェー」と思いながら感心して見ていた。何に感心したかというと、まず、水深1400メートルまで潜って何かをするという技術に。それから、CO2が深海では液体になるという事実に。さらには、CO2が海底に固定されるという自然界のメカニズムにである。<中略>
これは、海洋研究開発機構などの研究チームが、有人潜水調査船「しんかい6500」を使って沖縄県与那国島沖の水深1380メートルの海底で、液体CO2がプール状に閉じこめられている場所を発見し、そこの堆積物を採取して遺伝子解析したところ、液化CO2、微量の液化メタン、硫黄化合物などが含まれ、それらを栄養素として活動する微生物18種が生息していることを確認した、という話だ。(8月29日付『日経』『朝日』)<中略>
上記のニュースで、自然界にはもともとそういう機能があることを知った。ただし、今回の液化CO2の由来は「地下のマグマに含まれるCO2とメタンが熱水とともにわきだし、冷やされて液化したらしい」と専門家は言っている。が、そういう中にメタンやCO2を分解する微生物が生息しているのだから、“彼ら”微生物も、地球温暖化防止に一役も二役もかっていることになる。<中略>世の中の常識的考え方では、自然界のことを「弱肉強食の残酷な世界」と捉えることが多い。しかし、ここに書いた、大気中から深海にいたるまでの「炭素の循環」(生物の物質的主成分は炭素)を考えると、自然界の生物はそれぞれの置かれた物理化学的条件下で、炭素を与え合いながら、地球を棲みよいように、棲みよいように??言い換えれば、温暖化しないように、温暖化しないように??と生きてきたと見ることができる。多分、彼らは個々に意識的にそうして生きているのではない。しかし、生物界全体を見渡すと、「他を生かす」あるいは「生かし合う」という方向に動いていることは確かだ。私はそう感じて、感心したのである。』
地球は生きていると思いますね。自然界はすべてが“循環”して地球全体の秩序が保たれていると思いませんか。自然の一部である人間の体がそれを証明しています。食事をしたら不要なものは排出しますね。食べ物が体の中を循環しているんですよ。食べ物の循環が止まったら病気になります。時々「商売繁盛の秘訣を教えてください」と聞かれることがありますが、自然界の法則から云えば、すべてにおいて循環する生き方をすれば、物心共に繁栄がもたらされることになります。生長の家の繁栄の原理は、富の本源は神であることを自覚して、「与えよさらば与えられん」の繁栄の黄金律を実践することであると教えられています。何事も与えられるのをじっと待つのではなく、まず与えることから始めよということです。与えたら与えられる、まさに循環ですね。
先ほど、皆さんと一緒に「生長の家の歌」を歌いましたが、キリスト教や仏教や古事記のことが出てきましたが、生長の家は「万教帰一」の教えを説いています。あらゆるよき宗教の神髄は共通の真理を説いているから、宗教の違いで争う必要はないことを説いています。要するに説き方は違っていても“人を救う原理”は一つしかないと云うことです。国が違い文化や言葉が異なり皮膚の色が違っても“人を救う原理”は一つしかない。「万教帰一」というのは、すべての宗教を全部生長の家にしてしまおうと言ってるんじゃないのです。そんな乱暴なことを言ってるわけじゃなくて、すべての宗教は神髄において教えは一つに帰一するわけですから争う必要はないのですよ。一人一人の心の中に自分は神の子で素晴らしいという信仰がないと「万教帰一」の本当の意味が理解できないと思います。
生長の家は今、国際平和信仰運動を推進しています。この運動は人類光明化運動そのもので、生長の家の運動が日本だけに止まらず、国際的な広がりをもってきましたので、生長の家の役割をより明確にする意味で使われている運動です。「人間は神の子で素晴らしい存在である」との教えを世界中に伝えて行こうという運動に皆さんもぜひ加わっていただきたいと思います。
生長の家栄える会は、産業界の人々を対象にして活動してますから、皆さんの企業活動の中で生長の家の教えを学び実践していただいて、物心両面で大いに繁栄していただきたいと思います。