
生長の家栄える会ゲスト講師 中西 里彦

今日は、「仕事の本質とは何か?」という事と、「働く事の意義とは何か?」という事、さらに、「人生の生き甲斐とは何か?」という事について、お話したいと思いますので、気楽にお聴き頂ければと思います。
私は今年の年賀状に、「余生なし。人生あるのみ」と書いたのですが、これはどういう事かと申しますと、仕事をリタイアされると、大概の方は、その後の人生を余生と称して、自分の趣味などに時間を費やす方が多いようですが、私はビジネスとしての仕事は離れましたけれども、死ぬまで、少しでも人様のお役に立てるように生きて、精一杯心の充実感を味わいたいと思うんです。人・社会のお役に立つことが本当の生き甲斐ではないかと思います。
それでは最初に、皆様にお渡ししましたレジュメの、「働くことの生き甲斐について」の1番を読ませて頂きます。
「仕事」は表面は賃金のために働くような外観(がいかん)を呈(てい)しているが、「仕事」の最も重要な内在的意味は、人は仕事を通して人類に「奉仕(ほうし)」し、仕事を通して「愛」を実現し、「仕事」を通して自己の「魂(たましい)」を発達向上(はったつこうじょう)せしめると云(い)うことである。
(『新版 希望を叶える365章』50頁より)
誰でも自分の生活のために働いている事は、ある一面において事実でありますが、お金を稼ぐという事が主体になってしまうと、お金を稼ぐためには手段を選ばない、何をしてもいいという事になり、その結果、今世間を騒がせている、防衛省の汚職事件とか、老舗の料亭の食品の詐称とか、果ては紙屋さんまでが世間を欺いて、その結果、甚だしく信用を落とし、破滅の道を歩んでしまう。
ここにありますように、仕事はそれを通して人類に奉仕し、人様のお役に立ち、愛を表現して、自己の魂を向上せしめるためにあるのだと。要するに、顧客満足を第一にする事ですね。生活のためにというのは二義的になって来ます。
真心で本物の顧客満足を実践するならば、その会社やお店は必ず繁栄するという事ですね。自己の魂を向上させるとは、人様のお役に立つためにはどうしたらいいだろうと、そういう事を真剣に考える事、これが自分の魂を向上させる基になるわけです。
人のお役に立つという事、これが人間として生まれて来た本来の値打ちなのです。私達がこの世の中に生まれて来たのはそういう意味ですね。これは年には関係ないのです。年長者であれば人生の先輩として人に頼られ慕われて、相談を持ちかけられるような人になる。
最近は交通事故死は6千人まで減って来たけれども、人生に絶望して自死する方が年間3万人に上るといいます。私は外出の時に必ず携帯電話を持って行きます。そうでないと、首都圏にお住まいの方はお解りと思いますが、頻繁に人身事故が起きて、電車が止まってしまったら相手さんとの約束の時間に遅れてしまうからです。これは何のために生まれて来たか、生きている意義というものが解らなくなり、自分の人生に絶望した人達が、自死してしまうからです。大変悲しい事です。そういう方はここ練成道場に来られたら救われるのですが…
かく言う私も、生長の家の教えに触れるまでは、人生の意味も、従って自分の使命も解らなかった。教えに触れるまでの私は、大変唯物的な人間でありまして、目に見えないものなど全く信じませんでした。金と物だけを物凄く大事にしておりました。ところが最後の最後、もう人生が行き詰まり、どうにも身動き出来なくなって、熟柿が地面に叩きつけられるような目に遭いまして、50を過ぎてから、この道場で練成を受けて、人間として最も大切なものは心、愛、知恵、信頼などの目に見えないものであることに気付かされました(拍手)。本当に有難い事です。
2番に移ります。
人類の幸福のために何事(なにごと)かを成(な)そうと云(い)う希望は、それは人類全体の潜在意識(せんざいいしき)の協力を得ることが出来るし、同時に神の波長(はちょう)と同調(どうちょう)するから、神と協同動作(きょうどうどうさ)をすることにもなるので、そのような希望は、やがて必ず成就(じょうじゅ)するのである。(『新版 希望を叶える365章』50?51頁より)
だから本物の顧客満足を実践する人は、神と波長が合うし、人間が潜在意識の中に持っている、愛されたい、認められたい、お役に立ちたい、自由でありたい、という欲求を満たすので、必然的に消費者に信頼され、支持されて栄えるわけです。
神は我々神の子を生み出された。吾が子として愛しておられる。神は天地万物を創造されて、万物を愛しておられるわけですが、そのような神と波長が合う生き方をすれば、物理の法則を超えて、愛の法則あるいは霊の法則ともいうべきものが働いて、一見、奇跡と見えるような事が起きます。
私は54歳で栄える会に入会し、そこから自分の人生を見直して、60歳のとき37年勤めた大企業の退職とともに第二の人生をスタートしたのですが、それはそれまで全く経験のない「物流」の仕事でした。無資格、無免許、無経験、無情報、更にネットワークもなしの全くゼロからの企業でした。
そして70歳までに手数料で5千万円の収入を得ようと凄い夢を持ったのです。生長の家のみ教えを信じ心の法則を実践していくことによって必ずそれは達成出来るという強い確信に支えられていました。
ところがそれを8年間で達成しまして、周りの人に75歳までやれば1億円稼げるよと言われましたが、私はそういうつもりはなかったので目的達成と共に会社を解散しまして、ボランティアを始めました。そしたらまた物理の法則を超えた愛の法則が現れました。今日は省略しますけれども、まさかと思う凄い事が次から次へと起きました。そのためには強く強く神を信じて、その道に真っ直ぐに行く事が大前提になります。
3番です。
どんな小さな仕事でも、家庭や隣人(りんじん)を生かす仕事であるならば、その仕事は「神の愛」につながる仕事である。それを実践している限り、(中略)人生には悦(よろこ)びがあり、生き甲斐が感じられる。(中略)
生き甲斐とは一言でいえばお役に立っている喜びです。
人間は誰かの為(ため)になるために生れている人生で、誰の為にもならぬならば、彼は人生からも退職(たいしょく)したくなる。それは死だ。
(『新版 希望を叶(かな)える365章』52?53頁より)
結局人生から退職したくなるような人は、自己嫌悪に陥るんですよ。自己嫌悪になったら、最終的には、自分で自分を始末したくなる。先程申しましたようにそういう方が年間3万人もいるという事を、我々はよく考えなければいけないと思うのです。1人でも多くの方に、「人間は神の子である」という生長の家のみ教えをお伝えしなければならないわけです。どんな小さな仕事でも、神の愛につながる仕事である限り、人生に喜びが感じられ、生き甲斐が感じられると思います。
4番。
愛(あい)と智恵(ちえ)と生命(せいめい)とは目(め)にみえない存在(そんざい)(『生命の實相』頭注版第8巻126頁より)
これは皆さんが神想観をおやりになる時に、「神の無限の知恵の海、神の無限の愛の海」と唱えますね。知恵なき愛は本当の愛ではありません。そのように人のお役に立つためには、知恵と愛、もう1つ、生命力がなければ真理を実践出来ません。人様のお役に立つためにはこの3つが必要なんですね。
私は生長の家の教えにふれるきっかけを作ってくれた家内に心の底から感謝しています。何とか恩返しをしたいと、毎朝5時半に起きて食事の用意からやっております(拍手)。朝食と昼食を用意しておりますが、それが私の喜びになって、次の明るい発想につながるんですね。
明るい心を持つためには、神想観や浄心行を行なう事が大切です。
『生命の實相』第8巻の124頁から126頁に掛けては、富の本質について詳しく書かれておりますので是非お読みください。
次5番目に入ります。
人間の価値を比較(ひかく)によって定めようとするのが本来間違(まちがい)なのである。人間の価値はそれぞれ絶対価値を内に孕(はら)むのである。その絶対価値を表現しさえするならば、其処(そこ)には必(かなら)ず素晴しいものがあらわれるのである。植物にしても、藤の花には藤の花の絶対価値があり、桜の花には桜の花の絶対価値がある。彼らは模倣(もほう)したり比較したりしないで、唯(ただ)自分に与えられたる天分を花咲かせているのである。
(『新版 栄える生活365章76頁』)
現在は能率主義、成果主義の世の中になり、極端に言うと、周りは皆ライバルになってしまった。昔は良し悪しはともかく、皆で助け合って仕事をしたものです。人はそれぞれに絶対価値がある神の子ですから、比較したり、他を模倣したりする事は間違いだと書いてあります。
結局、自分の個性、長所を生かして、どうしたら人のお役に立てるか真剣に考えて精一杯生きて行けば、自ずから自分の使命というものが自覚出来て、花が咲いて来るわけですね。
それでは最後の6番。
本日のテキストは、『新版 栄える生活365章』ですが、その216頁から217頁に掛けて、「自己の絶対価値を自覚せよ」という見出しがありますが、そこを拝読させて頂きます。
あなたは、あなたが宇宙に対して持つ絶対価値者として、何事(なにごと)でも欲(ほっ)することができるのである。あらゆる事に絶対行使力をもつのである。しかし、それは、あなたが、あなた自身である事に於(おい)てのみである。人真似(ひとまね)をしたり、他の人の領域(りょういき)を侵害(しんがい)したり、〝自分〟が〝他人〟に化(な)ってはならないのである。あなたがあなた自身である限りに於(おい)て、あなたは絶対価値をもち、絶対能力者として何事でも欲(ほっ)する如(ごと)く成就(じょうじゅ)することができるのである。あなたは決して劣等感(れっとうかん)をもってはならないのである。あなたは自分自身の全能を信じなければならない。それはあなたの天分(てんぶん)の領域に於て、絶対者なる神が、あなたを通して何事かを為(な)そうとしているのが「あなた自身」であるからである。「わたしはわたしが今此処(ここ)のわたしの仕事に全能力を発揮(はっき)することができるのである。私は私を信ずる」と一日のうち、たびたび自己に言ってきかせるがよい。
どうぞここら辺を、噛み締め噛み締め読んで頂ければ、自ずから沸々と「そうだ、そうだ」「俺も出来るんだ」「俺も大丈夫だ」という気持ちになって来ますから、読ませて頂きました。
さらに谷口雅春先生は、栄えるためには、狭い意味での窮屈な善のみでなく、強さ、明るさ、豊富さ、偉大さ、自由自在な心の徳を持たなければならないとお示しになっておられます。最後に纏めます。
大勢の人間に感謝される店は、大勢の人間を得意に持つ店で、きっと栄える店になる。
働くとは、人の役に立ち、傍を楽にするために自分の天分個性を生かすこと。
儲けるとは人のために満足を設けること。自らは自らに通ずる。結果は自ら現れてすべては自己責任である。
私は生長の家の教えは単なる宗教ではなくて、人生を大調和のうちに豊かに愛深く生きるための実践哲学だと思っております。お蔭様で私も、血圧や血糖値、中性脂肪など全てが標準値内という極めて健康な生活を送らせて頂いております(拍手)。
皆様ご存知のように生長の家では、一昨年から「日時計主義」の生き方を提唱しています。これは、日時計のように、物事の明るい、喜ばしい面を心に刻み、それを日記につける。そうする事によって、心に描いたものが現れるという法則によって、益々明るい、喜ばしい生活が送れるようになるという事ですね。どうか皆様も日時計主義の生活を送られ、益々栄えられますように。ご清聴、有難うございました(拍手)。