
生長の家参議 生長の家大阪教区教化部長 妹尾 壽夫

その1. 夢、希望、ロマンこそ生の原動力
岐阜県に五十川千代子さんという方がおられます。私が岐阜教区から京都第一教区の教化部長に替わる時に、その千代子さんが、「これは私の体験を書いたものです」と言って、部厚い手記を手渡されました。
それを拝見して、本当に感動しました。涙なくして読めない所が何ヵ所もありました。
その手記によりますと、千代子さんは、新婚早々、わずか1ヵ月半後に主人は大東亜戦争に招集され、間もなく散華された。やがて終戦。戦死された主人の弟さんが復員されたので、千代子さんはかねて持っていた教師への希望を断念して、弟さんと再婚して新生活のスタートを切ったのです。
そうして、三人目の子をお腹に宿された頃に、夫は戦地での無理がたたったのか、病に倒れ、病床から離れられない身となったのです。それで今度は千代子さんが主人が経営していた店を引き継ぐことになりました。さて、帳簿を見るとすでに40万円の借金があるのです。当時は1万円あれば一財産と言われた時代ですから、現在の貨幣価値では想像を超える額になります。
そして、今でこそ家族は少人数になりましたが、当時はまだ大家族でした。千代子さん宅も、主人と自分と2人の子供、お腹に1人、主人の両親、結婚前の女性が4人、合わせると11人の大家族でした。その11人の大家族を、全部生計が立つようにしていかなければならないわけです。
山のような負債は払わなければならない、病気の夫の面倒も看なければならない。夫は度々死にそうになる、その死の恐怖に怯えながら、とにかく一所懸命働きました。
夕方になると、フラフラに疲れたように思うので考えてみると、朝も昼も何も食べていないのです。
夢中になって家事や仕事をしていると、白々と夜が明けて、朝になった事が度々あった。それほど店や家の事で、頭が一杯になっていたのです。それも皆さん1年や2年じゃないのです。約10年に渡って、そういう生活が続くのです。それでも過労で倒れた事はなかったのです。
そんな中で10年ほどかかって、その40万円の負債を見事に返済するのです。返済して、ああこれからは生活の余裕が出るだろうと、こう思って喜んだのも束の間。最も恐れていた事がやって来たと、手記には書いてあります。
それは、ご主人があの世へ旅立ってしまったことです。10年間の看病の甲斐もなく、ついにあの世に逝かれたのです。
そうなりますと、それまでは不眠不休で、食うや食わずのような過酷な生活にも負けないで40万円の負債を返し、11人の生計を維持して来たその偉丈夫な千代子さんでも、遂に精魂尽き果てるのです。
今まで頑張れたのは、夫が健康を回復し大黒柱になって、再び我が家に春風が吹くような、そういう家庭を夢見ていたから、頑張る事が出来たのです。ところが夫が亡くなって、何にもやる気が起こらなくなり、死ぬ事だけを考えるようになるのです。希望を失うという事は、エネルギーの全てを失うようなものです。何のやる気も起こらない。食べるのも嫌である、そういう状態になって来たのです。まさに「人はパンのみにて生きるに非ず」ですね。夢、希望、ロマンこそ生の原動力であることがわかります。
その2. 利他の祈りが道を開く
それである日の事、全く眠れなくなったので、夜中に起きて独りお祈りをします。無論当時は外灯も何もありません。
その日の夜は雨が降っていたのです。月の明りもありません。部屋の灯りを消すと、内も外も本当に真っ暗になるのです。その真っ暗な部屋の中で、お祈りをするのです
どういうお祈りをするかと言うと、自分はもうこんなに弱り果てどうなっても構わない。しかし後に残された子供達を、幼くして父を喪い、今また母を喪う我が子を、神様、どうか幸福にしてやってください。
そして愛する長男を戦争で喪い、次男を病で喪い、可愛い孫達の顔を見ながら、私一人を頼りに一心に生きる望みを繋いで来られたおじいちゃん、おばあちゃん、私は五十川家の嫁として、精一杯頑張ったけれども、そのおじいちゃん、おばあちゃんを幸福にしてあげることが出来ませんでした。どうか神様、おじいちゃん、おばあちゃんをお守りくださいと、そういう祈りを、その真っ暗な中で一心に祈ったわけです。どれくらい祈ったか判らない。30分か1時間か、とにかく祈っていましたら、ちょうど正面の方から、パーッとサーチライトのように、光が差して来るんです。そしてその光が、自分の全体を覆うのです。
その光に覆われた時に、何とも言えない心の安らぎと、慈愛の温かさを感じたと言います。思えば最初の夫を戦争で亡くし、二度目の夫を10年間の看病の末に亡くし、その間に子供が生まれたという喜びもあるにはあったけれども、殆ど毎日仕事に追われ、借金に追われ、色々な苦悩につきまとわれ、一日として心の安らぐ間はなかった。
ところが今その光に覆われて、初めて心の安らぎを覚えたのです。
そして愛の温かさが判るような気がする。その光はこういう光ではありません(会場の照明を指しながら)、本人だけに判る霊的な感覚の光です。そして尚、幼い子供達やおじいちゃん、おばあちゃんの幸せを一心に祈っておりましたところが、その光の中から言葉がフワッと聴こえて来るのです。
どんな言葉かと言いますと、「お前を幸せにするぞ」と言う声なのです。千代子さんはびっくりするのです。自分を幸福にしてくださいと祈っていないからです。それで一心に、「おじいちゃん、おばあちゃんはどうなるのですか、子供達はどうなるのですか」と、その声の方に向かって心の内で問い返しました。
そうしたら、おじいちゃん、おばあちゃんや子供達の事には答えがなくて、同じように、「お前を幸せにするぞ」と言う声が聴こえてくるのです。それで二度も同じ声を聴いて、そしてその光が笑うのです。その光は温かい微笑みを残しながら消えていくのです。
その3. 「自分は幸福である」と信ずる
それで、二度も「お前を幸せにするぞ」と言う声を聴いて、今まで不幸の連続であったという観念がふっ飛んでしまい、「ああ私には神様によって約束されている幸福」があるのだと、こう思うようになったのです。
この体験を通して神様を信じ、まだ自分が夫を亡くした悲しみ、苦しみがなくなったわけではないのですが、それでも、二度のお前を幸せにするぞと言う声によって、今の状況を超えて、無条件に自分が幸福である事を信じるようになったのです。
そう信じて、幸福な心で生活をしておりますと、まず子供達が変わるのです。今までは暗くいじけていた子供達が、親戚中で一番褒められる良い子供達に育って、そして高校、大学、大学院とすいすいと入っていくのです。世の中にはすいすいと落ちて行く人もいますね。それはそれでその時の魂の修練で、貴重な教育の場なのです。
そして株を買うと、その株が全部恐ろしいほど儲かるわけですよ。皆さん、怖いほど儲かった事ありますか(笑)?
その後、国道筋に土地を買いたいと思いますと、回りの人が、うちの土地も買ってくださいと、数多くの売り手が現れたのです。
そんなには要らないと思ったけれども、余りにも頼まれるからというので、今怖いほど儲かっている株を全部売って、土地を購入したのです。そうしたら土地は10年程で何億という資産になったのです。
そんな事で、その後の繁栄幸福は、絵に描いた如く順調に発展して、後に岐阜教区の地方講師会長や、栄える会の運営委員を務められたわけなのです。この運命好転の因は、苦悩の最中に「利他の祈り」をささげて、自分を高いレベルに上げたことであり、それに導かれて、「自分がすでに幸福である」ことを信じて「実践に起ち上がった」ことにあります。
しかし世の中には、創意工夫をしながら一所懸命働いても本当の繁栄に辿り着けない方もいます。
それは、働く目的というものが、概ね利己主義に傾いているのです。我々が幸福となり、繁栄するための法則は色々ありますけれども、絞り込んで行きますと、2つの原則に帰着すると言えます。
その第1は、人の幸福のために奉仕するという与える心と、その第2は、既に神様から与えられている良きものや、これから与えられんとする富を素直に受ける心、柔軟な豊かな心ですね。
その顕著な例として、アメリカの自動車王ヘンリー・フォードが、トラインという光明思想家との対話の中で、「あなたは、25年前は無一物でありましたのに、今や巨億の富を有するようになられたのは誠に驚異的な事であります」とトラインが讃嘆したのに対して、フォードは、「あなたは私が25年前は無一物だったとおっしゃるのですか。私は25年前も今も同じであって無限の富者なのですよ。私だけではない、全ての人は始めから無限の富を持って出発するのですよ」と答えています。
これが繁栄していく人の根本自覚であります。現象的にはともかく、常に無限の富者である自覚を持っていたフォードは日時計主義の典型的実証者だと思うのです。
千代子さんも、まず両親や子供達の幸せを一心に祈ったのです。これが第1原則の実践に当たります。この時に、「お前を幸せにするぞ」という声があり、これを素直に信じ、受け入れたのです。これが第2原則に当たるのです。その豊かな心を与えると、また第1原則の実践になるのです。すると、また第2原則が成就して一層豊かになってくるのです。
この二つの原則をあるところで止めることなく、常に循環的に実践する世界に本当の永遠繁栄が実現して来るのです。これが繁栄の要訣です。
自分はもう豊かになったからとその上にあぐらをかいたり、まだ貧しいからといって愛他行から遠ざかるなどは利己主義であって、それはまだ迷妄の姿であると知らなければなりません。
『新版 幸福生活論』の78?79頁には、次のように書かれています。
諸君よ、あなたの心の波が「聖の世界」の波長に合うためには他(ひと)の幸福のために祈れ、「最大多数を幸福にするためには、神よ何をなすべきか教え給(たま)え」と祈れ。微塵(みじん)も我(が)を用(もち)うること勿(なか)れ。その時、諸君のうちにある「真理の霊」が目覚めてくるのであります。そして、宇宙に満つる真理の霊と波長が合います。そして諸君のフト思うことが真理となり、それを実行することによって幸福の世界が実現するのであります。それは波長の原理の喩(たと)えをもって説明したのですが、実際はすべてのものが貴方(あなた)のうちにあるのですよ。貴方が真理を理会(りかい)し得るのは、真理と等(ひと)しきもの、否(いな)真理よりも偉大なるものがあなたの内にあるのです。それが今迄顕(いままであらわ)れなかったのは、ただ潜(ひそ)んでいたからです。心の塵埃(ごもく)に覆(おお)われていたからです。心の塵埃(ごもく)を清掃すれば露堂々(ろどうどう)と、真理の示唆(しさ)が、あなたの心の耳にきこえるのです。「聖(せい)の世界」はあなたの内にあったのです。これこそが「入龍宮不可思議境界(にゅうりゅうぐうふかしぎきょうがい)」と云(い)うものです。
このように書かれているのです(拍手)。あなたの心の波が「聖の世界」と波長が合うためには、人のために、最大多数の幸福のために祈ることです。ここがまず肝心な所であります。
さらに大聖師・谷口雅春先生が、生長の家の繁栄の原理というのはこういうものであるという事を、短い言葉で簡潔におっしゃっておられますので、拝読致します。
吾々の立場は本源の世界即ち心の世界から貧困を癒さうとするのであつて本源に貧困の原因を其儘(そのまま)にして置いて末流に小細工や膏薬張りをしようとするのではありません。心から貧困の原因を取去らないで置きながら、暴力で富める者から掠奪して貧者を富ませても、その人の心に貧困の原因が存在してゐる限り、掠奪した物資を使ひ果して了つたら直ぐ又其の人は貧乏に帰ります。だから最も大切なのは心であつて物ではありません(『生長の家五十年史』234頁)
本当の貧困の原因を取り除くためには、先ほど述べました富の第1原則と第2原則を実践する事にあるのです。
みんなの幸福を願って生きるという事は、正しい宗教心に根ざしたレベルの高い価値観ですね。
みんなの幸せを祈るという利他の考え方を、特に経営者は自分のものにしなければなりません。経営者だけではない、その企業に関わる全員が自覚することです。
こういう高い価値観を皆が共有して企業を営むならば、企業は企業として栄え、個人は個人として栄え、21世紀の繁栄も約束されるわけであります。
どうぞ皆様、この高い価値観を共有し実践され、益々の繁栄を実現されます事をお祈り申し上げまして、私の話を終わらせていただきます。ご清聴、有難うございました。(拍手)