
生長の家栄える会監事(岡山教区) 難波 靖男

皆様ありがとうございます(拍手)。只今ご紹介に与りました難波でございます。今日は島根教区栄える会の繁栄講演会にお招きいただき、また大勢の皆様にお越しいただきまして、ありがとうございます。
私は昭和17年に、兄2人、姉2人の5人兄姉の末っ子としてこの世に生を享けました。父が47歳、母が45歳の時の子供でして、幼い頃は非常に小心者と言いますか、いつも母の後ろに隠れているような子供でしたので、人様の前で話をするなど、到底考えられませんでした。しかし、私に与えられた婦人服の卸し販売業の仕事と真剣に取り組み、また「人間神の子・無限力」の御教えに導かれて、このように皆様の前に立ち、繁栄の話をさせていただくという無限の力が湧き出て参りました(拍手)。
私は中学を卒業しまして、専門学校で2年間簿記を学んだ後に、同級生と岡山にある糸屋さんに奉公に出ました。その糸屋さんでは奥さんが家を出ていかれた直後と分かり、そのために私が来たのかなと(笑)、思えるような日々で、まだ幼い三人の子供さんがいて、朝早く起きて朝食を作る事から始まり、炊事洗濯と家事が私の仕事でした。友人は夜逃げ同然にそこを去りましたので、私一人で頑張っておりました。2年目くらいから仕事を教えて頂き、ご主人の後に付いて、自転車で、雨の日も風の日も雪の日も、商品を売って歩きました。夜遅く自転車を漕いでおりますと母の顔が浮かび、母のためにも頑張ろうと力が湧いて来たものです。
4年経った頃、ご主人から、「今のままでは君を預かっていても、君の将来のために良くないと思うから、自分の道を探しなさい」と言われましたので、私は実家に戻りました。4年間の奉公は辛いものではありましたが、後々になってその時の体験が非常に役に立ち、辛抱してよかったなと思っております。
実家へ戻って、私は今後の事を両親や兄姉に相談しました。すると家族は、「靖男は4年間も良く頑張って、商人になる修行に耐えて来たのだから、自分で商売を始めたら良い」と、38万円の資金を提供してくれました。それで私はライトバンを1台ローンで買い、それに仕入れた婦人服を積み込んで、毎日岡山県下を懸命に売って歩きました。こうして昭和39年に「難波商店」を創業することが出来ました。
このようにお得意様を獲得する為に、県下を回っている時、初めて訪れた私に優しく声をかけ、1回目から商品を買ってくださった方がありました。久保田呉服店のご主人と奥様で、行く度に買ってくださるので、私もありがたくて、何度も訪れているうちに、「君は若いけど、これからどういった夢をもっているのか」と訊いてくださいましたので、私は即座に「自分の店が持ちたいです」と答えました。
当時は勿論まだ無一物でしたが、ご主人は「それなら生長の家の教えをしっかり学んで生きて行きなさい」と、『生命の實相』の第1巻を買うように勧められました。私はそれから『生命の實相』を1巻ずつ買わせていただき、ご主人に導かれつつ御教えを学んでいきました。かけがえのない恩人との出会いでした。
それは昭和41年の事でした。始めは『生命の實相』を読んでも難しく思えましたが、読み進むうちに、だんだん理解出来るようになり、誌友会や講習会、練成会にも参加して理解を深めていきました。
私は、まず店を持つという夢を描き、次に店の設計図を具体的に書きました。想うだけ、祈るだけでは実現しません。何処へどのように品物を陳列するか、そしてまた交通のアクセスなども考え、具体的な店の姿を図面に描いていきました。そして久保田呉服店のご主人に教えられるままに、昭和42年に神様へ領収書を書きました。
「領収書 金10億円也 右正に店舗代金を受け取りました。昭和42年5月1日 難波靖男 大宇宙銀行様」と書いて実印を押しました(拍手)。これが私が書いた最初の領収書です。今はもう茶色になり、字も読めなくなりましたが、それを6畳のアパートの部屋の壁に貼って、毎日「既に実現しましてありがとうございます」という気持ちで祈っておりました。
大聖師・谷口雅春先生は『生命の實相』第8巻の114?115頁に、次のように書かれています。
「心(こころ)」というものは、単(たん)に、われわれの肉体(にくたい)の内部(ないぶ)にだけ立(た)てこもっているものではないのでありまして、ひとりひとりの心(こころ)は宇宙(うちゅう)に遍満(へんまん)している心(こころ)につながっているのでありますから、ひとりの心(こころ)に起(お)こった希望(きぼう)の波動(はどう)は全宇宙(ぜんうちゅう)の心(こころ)に感(かん)じられ、宇宙(うちゅう)のどこかにその希望(きぼう)を満(み)たそうとする働(はたら)きが起(お)こり、その働(はたら)きが波及(はきゅう)してきて、ついにわれわれの起(お)こしたその希望(きぼう)を満(み)たしてくれるようになっているのであります。(中略)
全宇宙(ぜんうちゅう)は一(ひと)つの生命体(せいめいたい)でありますから、(中略)われわれが経済状態(けいざいじょうたい)にあるマイナス状態(じょうたい)を生じますと、必(かなら)ず全宇宙(ぜんうちゅう)の供給(きょうきゅう)の流(なが)れが環流(かんりゅう)して、そのマイナス状態(じょうたい)を埋(う)めてくれるようになっているのであります。だからわれわれの生活(せいかつ)が大宇宙(だいうちゅう)の一(ひと)つの流(なが)れに繋(つな)がっているという実相(じっそう)に目覚(めざ)める限(かぎ)り、われらには絶対(ぜったい)に「貧(ひん)」ということはありえないのです。(後略)
また、私が領収書を宛てた「大宇宙銀行」について、同書116頁に、次のように書かれています。
「私(わたくし)」はすべて当座用以外(とうざよういがい)の全財産(ぜんざいさん)を、人間(にんげん)の設立(せつりつ)した銀行(ぎんこう)ではない、神立(しんりつ)「大宇宙銀行(だいうちゅうぎんこう)」に預(あず)けてあるのであります。(中略)「皆様(みなさま)」も同様(どうよう)であります。ただ異(ちが)うのは「私(わたくし)」は無限財産(むげんざいさん)を、神(かみ)を頭取(とうどり)とする「大宇宙銀行(だいうちゅうぎんこう)」に預(あず)けてある事実(じじつ)を自覚(じかく)していますけれども、ひょっとしたら皆様(みなさま)はそれを自覚(じかく)していられないかもしれない-ここがわたしと皆様(みなさま)とが異(ちが)う点(てん)かもしれないのです。(後略)
生長の家でいう神様から「縦取り」の繁栄の秘訣が書かれていると思います。
希望を実現するためにはまた、愛と智慧と生命力が必要であると思います。我々は報いを求めない愛の心を持って、出来るだけ多くの人のお役に立つために、神様から頂いた智慧を働かせ、生命力を生かして、大いに働く時、自ずと神様と波長が合い、繁栄がもたらされるわけです。神様の無償の愛について、私は次のご文章を読んで本当に感激しました。それは『真理の吟唱』(大聖師・谷口雅春先生著)の113頁に書かれています。
神(かみ)の愛(あい)は静(しず)かに降(ふ)りそそぐ夜露(よつゆ)が、すべての植物(しょくぶつ)をうるおして生気(せいき)を与(あた)えるように、静(しず)かに音(おと)もなく、目立(めだ)つこともなく万物(ばんぶつ)を生(い)かす。万物(ばんぶつ)を生(い)かしながら、自分が生(い)かしてやったというような顔(かお)すらしないで、朝(あさ)がくれば消(き)え行(ゆ)くのである。それでよいのである。それが神(かみ)の愛(あい)である。
私が店を創業した昭和39年は、東京オリンピックが開催された年で、これから日本経済が伸びて行こうという活気が社会に溢れておりまして、その後“いざなぎ景気”と呼ばれる好景気が昭和41年から5年間ほど続きました。それに後押しされるように、私の店の業績もどんどん伸びて、昭和48年にはオイルショックが起こりましたが、その影響もなくお陰様で事業は拡張されて行きました。
神様への領収書を書いて祈っておりますと、だんだんと社会的にも協力者が現れまして、両親や兄姉も私を引っ張ってくれました。兄は鉄工所を経営していましたので、今なら鉄鋼が安いから買っておけばいいと、店一軒分の鉄鋼を買ってくれて材料が調いました。
そして土地を求めておりましたら、非常にグッドタイミングと言いますか、不動産屋のご主人が来られて、「難波さん、100坪の土地がありますが、買いませんか」と言われる。当時かなり値が上がっておりましたので、一人では難しいなと思っていると、数人で買っていただきたいと言われて、喫茶店の安藤さんと、洋服屋さんと私とで買いました。二人とも25坪ずつ買われ、私が50坪買う事になりました。ところで私が求めたその土地は、私が描いていた通りの土地でした(拍手)。当時父は大工や宮大工などしておりました。年を取って釘を打つ手は震えていましたが、父が立派に私の店舗兼住宅を建ててくれ、無事完成しました。神様への領収書を書いてから9年余り、希望通りの店が完成し、昭和51年の12月30日に私共家族四人で越しました。
店が完成し、仕事も軌道に乗ったので、私はいつしか釣りに出掛けるようになりました。週に3日ほど、山陰や四国の方にまで足を延ばしていました。
ところがある時、徳久克己先生が岡山県に練成会で指導に来られて、“生長の家の人が幸せにならないで、誰が幸せになるのですか?と言われたのです。その言葉を聴いた途端に私は頭を後ろから殴られたような気持ちになり、深く自分を反省したのです。
何故なら、私が釣りに出かけるために、家内には寂しい思いをさせていたのです。そればかりでなく、ある時家内が、「私は店が出来た事は嬉しいのだけど、小さい部屋でもいいから、南向きの明るい部屋がほしいな」と、ポツリと言った事を思い出したからです。
家内も私と同様、中学を出てから7年間、呉服屋さんに奉公しており、そこのご主人の仲立ちで結婚したのですが、家内の寂しさを理解せずに、自分の好きな事をしていて、夫婦仲がギクシャクしていました。済まなかったと思い、それから私は家内のためにと、新しい家を建てるための土地を探し始めました。
すると不動産屋さんが紹介してくれたのは、60坪ほどの土地に建てられた中古の住宅で、家の中では犬や猫が走り回り、襖は穴が空いて、そこから出入りしているような家でした。
何故?と一瞬思いましたけれども、いやいや神様は私に必要なものを与えてくださるのだと思い、購入する事にしました。差し迫って住宅に困っていたわけでもありませんでしたので家内にも話し、そのままにしておりましたら、ホンダサービスの方が見えて、社宅に貸してほしいと言われ、月に68,000円の家賃でお貸しする事になり、お蔭で7万ほどのローンが払える事になったわけです(拍手)。
そのように神様に波長を合わせて、夫婦が調和して仲良く働いておりますと、必ず素晴らしい事になりますね。家内は非常に明るくて、お客様とも和気藹々と話して、売上にも貢献してくれているのですね。夫婦調和は繁栄と健康の根本だと思います。
我が家には二人の息子がおりますが、長男が結婚して子供も産まれたので、私共と一緒に暮らしたいと申し出てくれました。それで家を新しく建て替える事になり、家内の部屋も出来ました。店の方には二男一家が住んでおりますので、今は合計四人の孫にも恵まれまして、店と住まいの方を行ったり来たりして仲良く暮らしております。
私は15年程前にまた神様に領収書を書きました。
「領収書 金30億円也 右正に多目的な店舗建設代金を頂き、この度落成致しました。多くの方のお役に立たせて頂きます。平成5年4月15日 難波靖男 大宇宙銀行様」と。
皆様のためにも、多目的な用途に使用出来る店舗がほしいと思っておりましたら、喫茶店の奥さんがご主人を亡くされ、一人でやっておられましたが、一人ではやっていけないので店の方の面倒を見てほしいとの事で、引き受けることにいたしました。夢の実現に近づいた様な気がいたしております。
このように、正しい祈りは必ず聞かれると確信いたしました。日頃から私達生長の家の信徒は、「大地は神様 根は先祖 幹は両親 子孫は枝葉 枝葉に花咲き よき果を結ぶは 親に孝養 先祖に供養」と教えられています。それで私共夫婦も、家から歩いて500メートルほどの山の中腹にある先祖のお墓に、毎月お参りしております。蝋燭、線香、お花に、ボトル3本、バケツに水を持ち、3本のタオルで綺麗に石塔を清めてお参りしますと、本当に清々しい気持ちになります。この頃は息子達もお参りしてくれるようになり、ありがたい事だと思っております。そして今は亡き両親に、心から感謝を捧げております。
私は毎朝の一日の出発に当り、やれば出来る必ず出来るという言葉を壁に貼り出しまして、一日を祝福して出発しております。すると本当に一日が楽しみになりました。そして就寝直前の神想観中に、祈りの言葉を念じて休みますとぐっすりと眠れ、朝の目覚めが非常に爽やかなのです。
それは次のような祈りです。
今日いちにち中、神の愛によって護(まも)られ、神の智慧によって導かれ、健康と繁栄との道を歩ませて頂きました事を感謝いたします。私が今日の生活中、腹立ち人を憤(いきどお)り憎みました事が少しでもありましたら、その心の汚れを潔(きよ)めたまえ。今、わたしは全ての人々を完全に赦(ゆる)しました。その如く神よ、私の過(あやま)ちを赦したまえ。わが生命をすべての仕事を神さまあなたに委(ゆだ)ねて眠りに入らせて頂きます。私の眠っています間にわが魂に平和を、わが肉体に健康を、わが精神に自信と断行の勇気とを、わが事業に繁栄の智慧を与えたまえ、すべてを神様あなたにお委(まか)せいたします。ありがとうございます。(谷口雅春先生著『神と偕に生きる真理365章』321?322頁より抜粋)
皆様にも是非お薦めいたします。ご清聴ありがとうございました(拍手)。