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繁栄ストーリー

み教えに支えられ、み教えを生きる

生長の家栄える会前中央委員  松元  純子

松元純子

皆様ありがとうございます(拍手)。今日はお招きをいただきまして、ありがとうございます。栄える会には、社会の第一線でご活躍の立派な先輩が沢山いらっしゃる中で、果たして私のお話でよいのだろうかと思いましたが、私の体験が何がしかのお役に立てばと思い、ここに立たせていただきました(拍手)。

夫婦不調和に悩んで

私は6人兄弟の長女で、小・中学校時代はいつも成績はトップクラスの大変良い子で育ちました(拍手)。私の発言は、家庭でも学校でもそのまま通るような子供時代を過ごし、父母からの信頼も厚く、いつも誉められて育ちました。

ところが結婚と共にそれまでの生活は一変しました。主人は教員であるにもかかわらず、麻雀はプロ級で、麻雀屋に通いづめ、外泊してそのまま学校に行くという有様でした。私は怒りと驚きでどうしたものかと悩んでいました。

私の父は公務員で、給料も高くはありませんでしたが、教育こそ財産という考えで私達を育ててくれ、私は大学も出していただきました。父は生活もきちっとしていて、無断外泊などした事はありませんでしたから、私は主人の行動に途方に暮れるばかりでした。

私の理想は、自分が良妻賢母として家庭を切り盛りし、明るく幸せな家庭を作る事でした。でもその夢ははかなく消えていきました。やがて3人の子供に恵まれましたが、主人は感情の起伏が激しく、運動会のお弁当を捨ててしまうような事もあり、やがて暴力を振るい、お給料も渡してくれなくなりました。

思春期の長男はそんな父に反抗しました。長男が6年生になると、主人は長男と口をきかなくなり、そのため長男は中学生になると、自分の存在を認めてもらいたくて非行に走るようになりました。父親との確執はますます激しくなりました。

そしてついに、長男は高校2年で学校を中退し、家を出てしまいました。下の2人の子供達も父を恐れ、家を出ようとしました。その頃、実家の父から、「命のあるうちに子供を連れて家に帰って来い」とまで言われて、ついに18年間の結婚生活にピリオドを打ち、離婚して実家に帰ったのです。

苦しみの余り死を考える日々

ところが実家に帰ると、子供の頃から慕っていた母が、私達親子に対して態度を一変させ、事毎に辛く当たり、近所の人に私の悪口を言いふらすようになったのです。

また、お風呂に入ろうとすると石鹸がない、ティッシュペーパーも隠される、雨が降っても私達の洗濯物だけは取り込んでくれず雨ざらしという状態でした。

近所の店で店員として働いていた私はそんな母に憤り、驚き、失望して、勤め先で愚痴をこぼす毎日でした。友人にも泣き顔で母の愚痴をこぼしていました。父にも、母と私達親子の狭間で大変苦労をかけましたがそれがまた辛く、私は余りの苦しさに、親子で死ぬ事を考え、毎晩子供達に、どうやって死のうかとそんな事ばかりを話していたのです。

友人を通して神の救いの手が

ある日、私の家から車で20分ほどの所に住む、生長の家の信徒で地方講師をしている看護師の友人が、そんな私の話を聞いて、自分の自宅で開いている生長の家の誌友会に誘ってくれました。ワラにもすがりたい思いで出席しましたが、第1回目のお話は聴いていても理解出来ませんでした。しかし友人は講師に私の個人指導を願い出てくれて、私はその地方講師の方に、別れた夫や実家の母に対する不平不満を、思い切りぶつけました。

するとその講師の方は、そんな私に対して、「これからはしっかり先祖供養をしましょうね」と言われ、続けて、「あなたは素晴らしい人ですね。魂の高い人だから絶対に大丈夫ですよ。けれども、これまでの出来事は、全てあなたの責任ですよ」と言われたのです。私は驚きました。「何故? 私は悪くない。悪いのは夫なのに」と思いました。

しかし友人は、私を救おうと必死でしたから、続けて何度も何度も私を誌友会に誘ってくれ、車で送迎してくれました。時には夜中の2時3時まで個人指導を受けた事もありました。今日、私がこうして皆様の前に立たせていただけるようになったのも、その友人の愛のこもった愛行があったればこそと、深く感謝しています(拍手)。

思念と発声音と表情を明るくする

それまでの私は、宗教に対して警戒心を抱いておりました。と言うのも、何かとお金がかかると思っていたからです。ところが友人から貰った『生命の實相』第1巻を読みますと、23?24頁にコトバの創化力について次のように書かれており、非常に驚きました。

五、吾等(われら)は神(かみ)の子(こ)として無限(むげん)の可能性(かのうせい)を内(うち)に包有(ほうゆう)し言葉(ことば)の創化力(そうかりょく)を駆使(くし)して、大自在(だいじざい)の境(きょう)に達(たっ)しうることを信(しん)ず。

(中略)われわれの実践生活(じっせんせいかつ)のうえでは思念(しねん)と発声音(はっせいおん)と表情(ひょうじょう)とが最(もっと)も重要(じゅうよう)な、善(よ)かれ悪(あし)しかれわれわれの運命(うんめい)を左右(さゆう)するコトバになっているのであります。

また50頁には、

(前略)人間の真の発達は、神の無限無尽の大知恵に内部から繋がることにより、それが外に形にまで顕われてくることによってであります。(後略)

当時経済的に全く不遇だった私は、ここを読んで「これなら1銭のお金もかからずに自分の運命を改善出来る。よし、やってみよう」と決意しました(拍手)。そして今まで泣き顔で愚痴ばかりこぼしていた事で、そのような運命を引き寄せていた事を反省し、思い切って顔を上げ、笑顔を作る訓練をしました。すると子供の担任の先生から、「松元さんのお母さんは笑顔が素敵ね」と言われるようになりました(拍手)。

『大調和の神示』に導かれる

母との葛藤が続く中、『大調和の神示』を拝読した私は、「神に感謝しても父母に感謝し得ない者は神の心にかなわぬ」という所を読んで衝撃を受けました。でも、母にはどうしても感謝することが出来ないのです。どうすればいいのか、私の深い悩みでした。途方に暮れて地方講師に指導を受けますと、「お母さんの背中を流している姿を目に浮かべながら、『お母さん、ありがとうございます。お母さん、ありがとうございます』と言いなさい」と言われました。私は思い切ってその通りに実行しました。すると次第にそのようなありがたい気持ちになれる事が解りました。私はこの事を通して、全ては訓練なのだと実感しました。

神想観も、教えられるままに一所懸命に行じました。そのようにして真理を学びながら、実家を出て、アパートを借りて住む事にしました。しかし、当時の私は日給月給で暮らす日々で収入も少なかったので、子供達のためにも、今はプライドを捨てて福祉のお世話になろう、でも将来は必ず税金を払える自分になろうと決意しました。

お陰様で真ん中の子は学費を免除されて高校に進学し、2ヵ所から奨学金を貰って大学に進学できました。末の子も給食費を免除されました。

そうやって3年が経った頃、私は将来のことを考えて、保険会社に就職しました。保険の外交員として働き、最初は13万の給料でしたが、やがて20万になり、30万になり、4ヶ月後には39万になりました(拍手)。

この仕事を通して子供を大学に進学させようと私は頑張りました。また、お陰様で一等地に素晴らしい家を建てる事も出来ました(拍手)。

親孝行を第一にして生きて行こう

ところが私達が実家を出てから3年ほどして、母が脳血栓で倒れたのです。その時私は、「子供の頃あんなに私を愛してくれた母に、今こそ親孝行しよう」と決意し、頻繁に母の所へ通い、精一杯のお世話をしました。母は施設に入るのを拒んだので、父が自宅で17年あまり、母の面倒を看てくれていました。しかし、ストレスから父も病気になり、母は施設に入ることになりました。その頃からちょっと認知症になり、とても可愛い母に変わりました。認知症は神の愛だと私は思いました。愚痴ばかり言っていた母が、「ありがとう、また来てね」と言うようになり、施設に入ってから半年後の昨年7月末に安らかに霊界に旅立ちました。

困難の意義を知る

私はその後、高額の給料を貰っていた保険会社を辞めて、外資系の保険会社に移りました。慣れない職場に変わったこともあり、ここ1、2年ほどは、大変苦しい事が何回もありました。病に倒れて入院もしました。成績も落ちまして、家のローンが払えるかどうか悩みました。月々10万、ボーナス払いが30万、どうしようと思い、家を売る事にして、「この家に最も相応しい人が住まわれるように。そしてその人が幸せであるように」と祈りましたが、一等地に建っていて高いために買い手はつきませんでした。その時、「この家に最も相応しい人は、私達だ」と気がついたのです(拍手)。

すると知恵が湧いてきて、無事にローンを払うことが出来るようになりました。私は、いつの間にか自己限定していた事に気づきました。そして「これからは県下一の保険外交員になろう」と決意し直して頑張っています。

家の問題で悩んでいた頃、夜の神想観の時に『続真理の吟唱』を拝読していたのですが、257頁を読んで本当に感動しました。

(前略)魂(たましい)の生長(せいちょう)の道程(どうてい)は長(なが)くて、ある期間(きかん)は坦々(たんたん)たる道(みち)を晴々(せいせい)たる青空(あおぞら)をながめながら快(こころよ)き旅(たび)を続(つづ)けることもあるが、時(とき)には険難(けんなん)にして岩石突兀峨々(がんせきとつこつがが)たる山路(やまみち)を喘(あえ)ぎながら、或(ある)いは躓(つまず)き、或(ある)いはまた倒(たお)れては起(お)きあがりつつ、次第(しだい)に山巓(さんてん)に近(ちか)づいて行(ゆ)くのである。平坦(へいたん)の道(みち)も、険難(けんなん)の道(みち)も、いずれも、その人(ひと)の魂(たましい)の長養(ちょうよう)のために、そして性格(せいかく)の鍛錬(たんれん)のために必要(ひつよう)なる教材(きょうざい)として、親(おや)さまから課(か)せられたる修学(しゅうがく)であり、訓練(くんれん)であり、その修学訓練(しゅうがくくんれん)を経(ふ)ることによって、その人(ひと)の性格(せいかく)は陶冶(とうや)せられ、外光(そとびか)りではなく内(うち)からなる奥深(おくふか)き光(ひかり)を放(はな)つようになるのである。(後略)

艱難から逃げ出そうと思ってはならないし、艱難を敵と見なしてもいけない。それを素直に受けて、その意味する所を知ろうと努力をする時に、艱難の体験は光を放って自分自身を祝福すると書かれていたのです。

私は結局、夫から逃げて実家に帰りました。何も問題は解決されていませんでした。だから母があのような姿に現れて、私を独立へと導いてくださったのだと解りました(拍手)。そうでなかったら、私はいつまでも父に甘えて、このようにして皆様の前に立つ事はなかったと思います。今は心から、私を生長の家のみ教えに導いてくれた主人と母に感謝しています(拍手)。

私も今日まで色々な体験をし、苦しい事も沢山ありましたけれども、生長の家のみ教えを学ぶにつれて、結局はどんな問題も、生命の實相を自覚すれば解決できるんだということが解ったのです。『生命の實相』第1巻の3頁、「七つの光明宣言」の解説の冒頭に、次のように書かれています。

生命(せいめい)の實相(じっそう)の自性円満(そのままでえんまんなこと)を自覚(じかく)すれば大生命(だいせいめい)の癒力(なおすちから)(ゆりょく)が働(はたら)いてメタフィジカル・ヒーリング(神癒(しんゆ))となります。(後略)

此処なのですね。此処を徹底して自覚すれば、何もかも解決するのです。健康も経済の問題も、人間関係も家庭問題も、本当に此処なのだとしみじみ思います。此処を暗記して実践したいと思います。

生命の継承者として自然を大切に

さて、谷口雅宣先生は御著書『足元から平和を』の64?65頁に、今日の紛争や戦争の大きな原因となる、「環境」「資源」「平和」の問題を解決するために、次のようにお書きくださっています。

(前略)ここで皆さんに気づいていただきたいのは、今日の大きな問題である「環境」と「資源」、それから「平和」の問題は、みな互いに密接に関連しているということです。ですから、生長の家が「世界の平和を目指す」と言ったら、「平和に関することだけをしていればいい」というわけにはいかないのです、皆、つながっているのですから。平和を実現しようと思ったら、環境の問題も考えなければいけないし、人類は、現象的に生きていくためには資源も使うわけです。それは、食事としても使うし、エネルギーとしても使う。だから、我々が日常生活をどう送るかということは、平和の問題でもあるわけです。現在のような大量消費、大量廃棄の生活スタイルから、もっと別の、地球環境に害を与えない生活法を人類が開発し、実行していくことができなければ、近い将来、紛争や戦争がますます頻繁に起こることになる。(中略)

ここで大切なのは、「減っていく資源をいかに多く確保するか」ではなく、ものの考え方を転換して、「減らない資源をいかに利用するか」ということ??つまり「化石燃料に頼らない経済へ早く移行する」ことです。(後略)

私達は祖先からの生命の継承者として、日々徳を積み、子孫のために美しい地球環境を遺すよう努めなければならないと思います。

今日ここにお集まりの皆様は、その教えを自ら実践し、伝えて行くべく神様に選ばれた霊の選士だと思います。

どうかご自分を祝福され、誇りを持ってこの素晴らしいみ教えを伝えていただきたいと思います。ありがとうございました(拍手)。

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