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繁栄ストーリー

「心を込めて手をかける」大切さ

生長の家富士河口湖練成道場総務
  生長の家能力開発センター富士河口湖研修所 所長     岩本   悟

岩本悟

皆様ありがとうございます。

今年になって富士山がよく見える日が多く、何か富士山に祝福されているようで嬉しく思います。  

皆さんは新入社員として研修を受けておられるわけですが、企業には、大切な資産が2つあると思います。

1つはお客様の「信頼・安心・満足」、もう1つは「従業員のやる気」です。

お客様に満足を与え、従業員の皆さんに活気がある。この2つは非常に大切なものだと思います。

形あるものを磨いて心を磨く

それは一般の企業に限りません。この富士河口湖練成道場にしましても、ここに来てくださる皆様に安心して研修を受けていただき、また来たいという満足感を与えられるように、そして我々職員も喜びをもって生き生きと働けるような、そういう道場にしなければならないと思っています。そうしなければ、絶対に発展はないと、ここに赴任してから思いました。しかし、どこから手をつけていいのか分からない。そこで先ずは掃除に取り組みました。

掃除はとても大切です。株式会社イエローハットの鍵山秀三郎相談役は、『掃除道』などの著書でも有名な方ですが、洗車を徹底するようになってから、会社の車の事故が極端に減ったそうです。目に見えるものを磨くことで、人の心も清々しく磨かれます。

ニューヨーク・ヤンキースの松井秀喜選手も、星陵高校時代は監督の方針で、毎朝必ず練習前に、他の部員とともに素手で便所掃除をすることが日課でした。

目に見えない心は、目に見える物を磨くことで、自ずと磨かれるのです。

境内地の浄化、緑化保全活動に力を注ぐ

掃除をしていくなかで、境内地のあちこちに散積した石が沢山あり、それを集めては花壇を造るなどして、境内地の浄化保全活動に精を出しておりました。

駐車場にも石が沢山あり、中には地中に半分ほど埋まった大きな石や段差もありました。そのためにバスや乗用車の車体の下に石が当って車体が傷つく事もあり、広さはありながらも10台ほどしか駐車が出来ませんでした。

それを何とかしたいと思い、全部手作業で石を掘り集め、大きな石はチェーンブロックという機械を使って掘り出して、その石で石垣を造って駐車場の周りを整地していきました。すると、前と同じ広さなのに、ここを整地してアスファルトにしたら、40台ほどの車が駐車出来そうだと思い、生長の家本部に相談をし協力して貰い、昨年の末には立派な駐車場が完成しました。

さらに周辺の樹木の幹が空洞になって傷んでおりましたので、全部伐採して、新たに樫などの常緑樹の苗木を700本ほど植えました。これは隣接するトヨタ自動車のお店から、枯れた枝木が新車の側に落ちて来て危険だから、何とかしてほしいという申し入れがあったためです。

苗木が後4、5年もすると、立派な木に育って素晴らしい緑地帯が出来ると思うと楽しみです。この様にして境内地の緑化保存と浄化活動に励んでまいりました。

すると今度は建物が雨漏りをするというので色々調べてみました。屋根に穴が開いているのではなく、ゴミが屋根に溜まっていて、それを伝って雨水が流れて結果的に雨漏りがしているのだということがわかりました。3日間屋根に登り続けて、丹念に手でゴミを除去し、シリコンを詰めました。おかげで雨漏りは完全になくなりました。

トタン屋根で暑い日差しの中で気づいたことは、今まで道場の700組の布団を干す場所がなくて困っていたのですが、屋根に干せばよいと思い、それから皆で何回も布団を平たい屋根に持ち上げては干しました。すると700組の布団は羽毛布団のように軽く、清潔に生まれ変りました。

この新装した大講堂にしても、ペンキ塗りと壁紙の張替えを業者に頼んだ以外は、職員全員が協力して、自分達で手をかけることによって、お金をかけずに道場を蘇らすことが出来、それが大きな喜びとなりました。すると休日でも休まず自主的に職員が出勤して来て、「今日は何をやりましょうか」と、喜んで職場の美化に手をかけて行くということになり、道場はどんどん綺麗になって行きました。

私はある意味で、仕事は趣味化してやっていただきたいと思うのです。喜んで、楽しんでやっていただきたいと思います。

物の本質、値打ちを知る大切さ

その様な中で、例えば境内地が荒れて藪になっている場合でも、その中にはまだまだ立派な樹木もあり、何本か人の目につく場所に移植しました。すると始めは木の名前も知らなかった職員が、木の美しさや値打ちを知るようになり、山に行っても、それぞれに用途の違う木の値打ちを発見し、「宝の山ですね」と言うようになりました。例えば、すだれ紅葉などは、買えば15万から20万もすることがわかると、自分達が如何に価値のある仕事をしたかがわかるようになり、仕事に対する観方や考え方が変わってきます。

薪ストーブを使用するまでの経緯

先ほど隣りのトヨタ自動車から木を伐採してほしいと言われた話をしましたが、伐採した木は13本でした。幹の直径が40センチほどある大木で、しかも中が空洞化していましたので、切り倒した時に近所の方が何人も来られて、「これをどうされますか」と聞かれ、「もし良かったら分けてほしい」と言われますのでその理由を聞いてみると、この辺は寒いので、薪ストーブに使うのだと言われるのです。それで全部近所の人に差し上げました。

これがきっかけで、私も薪ストーブがどんなものか、地球温暖化の上からも気になりますので、御殿場まで薪ストーブなるものを調べに行きました。するとなかなか良い物だと解りましたが、肝腎の薪は人に上げてしまって一つもありません。

すると近所では生長の家の道場に行けば、山職人のプロが居ると評判になっていたらしく、「自分の家の木も切ってください」と、要望が相次ぎました。これで薪が用意出来ました。それらの木を乾燥させて燃やすと、非常に効率の良い暖房が出来ます。お蔭で食堂は薪ストーブだけで暖房が出来るようになりました。

私の好きな言葉  流汗悟道

このように手をかける事によって、物の価値が出て来たり、綺麗になったり、住み易くなったりと色々と良い事が出てきます。だから手をかける事を忘れないでいただきたいのです。

私は「流汗悟道」という言葉が好きなのですが、汗を流して道を悟る。つまり単に話を聴き、あるいは本を読んでから悟るのではなくて、自分の体で実践して、道を悟る。聴いたり読んだりして知った段階では、それはまだ単なる知識でしかありませんが、それを自分の体で実践して生活に生かした時に、私達の内部の生命力が働いて、生きた智慧となるのですね。ですから是非皆様方も、職場で「流汗悟道」で知識を本物の智慧にまで高めていただきたいと思います。

不思議な無限供給

ところで大講堂の床は絨毯で覆われていますが、その下は畳ですね。さらに畳の下には床板が張られています。畳は元々日本の気候風土に適するように、通気性に優れていますから、それを覆えば、床板も傷んでいるのではと思い、ある時めくって調べてみました。するとやはり床板も相当傷んでいる事が判りましたので、何とか床板を取り替えたいと思いました。

すると御殿場の方から、是非頼みたい事があるから来てほしいと連絡があり伺ってみました。話を聞くと、その方のおじいさんが、40年ほど昔、水田周囲の畑に杉や桧を植えたけれども、大きくなり過ぎて、水田に日光が当らなくなり、青い米しか穫れなくなってしまった。業者に頼んで伐るとお金が幾らあっても足りないと思うので、何とか私に全部伐ってほしいという話です。

調べてみると、200メートルほどの林に、全部で200本ほどの木が植えてあり、直径が30センチ以上のものがたくさんある。

では伐りましょうと、職員も出て全部伐採しました。しかしその後、使用する予定は何もないから、富士河口湖道場で使ってほしいという話です。それで200本の丸太を全て4メートルの長さに切り揃えて、土手道をトラックの所まで運びました。そしてリースしたトラックに載せて道場まで運び、河口湖の製材所で業者に製材して貰い、床板として使用するために庭に並べて乾燥させているところです。

業者の人が、これだけの木を幾らで請負って切ったかと聞くので、奉仕させて貰ったと言うと驚いていました。逆に、これだけの板を買うと幾らするのか訊いてみますと、最低250万から300万するだろうという話でした。結局、大講堂の床板を全部張り替える材料が僅かなお金で集まって来たのでした。

私の歩んだ道

私は8人兄弟の下から3番目で、長崎県の農家で生まれ育ちました。父は何故か兄弟の中で私ばかりに野良仕事を手伝わせましたので、小学校、中学校と無欠席でしたが、誰よりも早退が多い生徒でした。

 

高校進学の時、兄は全日制なのに、私は父から、「昼間は農作業があるから、夜間の学校へ行け」と言われまして、とうとう私の父に対する気持ちが切れてしまいました。そうした思いで父に反抗してアルバイトをしていたところ、会社の構内で友人の運転する車に跳ねられて、闘病生活を余儀なくされてしまったのです。

やがて全身の関節が硬直する、全身関節リューマチになり、それ以後10年間、闘病生活を送りました。

医者には、その関節はこれ以上は治らない、一生車椅子か松葉杖に頼る生活になるだろうと言われて、身体障害者の烙印を押されてしまいました。

そして全身が痛むので、自然と薬漬けの生活になり、そのために今度は胃腸などの内臓が爛れて、内臓疾患が悪化して、もう助からないだろうという所まで悪化し、毎日点滴と輸血を受けて、辛うじて生きているというような状態になっていました。

私は身長が180センチあるのですが、その頃は体重が僅か35キロしかありませんでした。しかし、それでも胃を全部摘出する手術を受けて、一命を取り留めたのです。

その頃、病院で、谷口雅春先生が書かれた『生命の實相』に出会いました。そこには、たとえ病気をしていても、病気は本来ない、そのままで神の子であると書かれていました。

『生命の實相』に導かれて、その後、生長の家の練成会に参加して教えを学びました。

その様な中で私は、今まで多くの人々に輸血して貰い、助けられていながら、お礼を言っていない、感謝していなかった事に気づきました。よし、これから先の人生は、車椅子に乗っていてもよい、今までお世話になった方々にお礼を言う生活をしようと決意したのです。

その後私は、長崎の生長の家の総本山で働かせていただくことになりました。その頃に父が病で倒れました。私はそれまで父に感謝していると思っていたが、そうではなかったと気づきました。

父は入院してまもなく危篤になり、私が病院に駆けつけた時に、母が父の思いを初めて話してくれました。

父は私が入院している間、一度も病院に見舞いに来てくれませんでした。それは「悟がこうなったのは全部自分のせいだ」と言って、父は自分を責め続けていたのです。私が苦しんでいる姿を見るのが辛くて病院に来られなかったのです。

しかし手術の時だけは来てくれたそうですが、顔を出さずに帰ってしまったようです。母が病院から帰ると、父は電気も点けずに仏壇の前にひとりで座っていたそうです。見ると仏壇には酒と煙草に帯封がして上げてあった。そして母の前に手をついて、「悟が元気になって帰って来るまでは、俺は酒も煙草も止める」と言ったそうです。父はその後、酒もタバコも止めてしまいました。仏様に願を立てるという、父が私に出来る最高の愛情表現をしてくれたのだと思います。

父はその後、天寿を全うして霊界に旅立ちましたが、私はその話を聞いて、初めて父がどれほど私を愛してくれていたか解ったのです。父は兄弟の中でも私を一番愛してくれていたから、悟、悟と私に用事を言い付けていたのだと知りました。

それからの私は心の中に父への感謝と、父と同じ山仕事や畑仕事が出来る事に深く感謝しながら、喜び一杯で働きました。

するとあれほどの病が跡形もなく全て消えて、病院の先生方も驚かれたのでした。心の持ち方を変えれば、自分の運命を修正することが出来るのです。

自分、自分と、自分の殻に閉じこもっている間は、生命力は充分発揮出来ず、人は苦しむ事になります。

しかしひとたび、たった一人でもよい、周りの人のために、人々のためにという思いで働いた時に、自分の底深い生命力、潜在能力が発揮されて、生き甲斐ある人生を送ることができるようになるのです。それは私自身が証明者ですからよく解ります。

どうか皆さんも、職場や家庭でも、その様な心掛けでもって頑張っていただきたいと思います。もし何か問題が起きましても、それは必ず解決出来ます。たとえ悩みながらでも、全力でぶつかる時に、問題は必ず解決します。総本山にいる時に、お寺の住職さんが、生長の家の方はスリッパを綺麗に並べられて素晴らしいと感嘆されたことがあります。

身近なものに真心を出して手をかけて、行き届くように行き届くようにと心がけながら行動されましたならば、見違えるように周りの環境は変わって良くなって来ます。全てが生き生きと変わって来ると思います。是非その様に実践してみてください。

ご清聴、ありがとうございました。

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