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繁栄ストーリー

喜びの人生とするために(後編)

作家・思想家  斉藤 啓一

斉藤 啓一

人間の精神力の凄さを学ぶ

さて、私の方も懸命になって、『福田先生の思い出』と題する小冊子を作成していました。

ところがドクターの方から、福田さんの命がいよいよ危なくなって来たので、小冊子の完成を急いでほしいと言われまして、印刷屋さんに事情を話して協力してもらい、何とか間に合わせることが出来ました。これがその小冊子です(拍手)。

本当に薄い小冊子なのですけれども、この中には、生徒さん達が真心を込めて書いてくださった素晴らしい作文がちりばめられています。

そして、福田さんのお部屋で、ご家族と病院のスタッフが集まって、ささやかな出版記念パーティーを開きました。

福田さんは、小冊子を読みながら涙を流され、「こんなに嬉しいことはない。これで死んでも本望だ」とおっしゃいました。私は本当に良かったと思いました。

そして、その日の夕方ぐらいから意識がなくなり、もう少しで夜が明けるという頃にお亡くなりになりました。

本当にギリギリ間に合ったという感じでしたが、観方を変えれば、「小冊子が出来るまで、絶対に死なないぞ」という福田さんの強い精神力があったから、本来の死期を乗り越えて待たれていたのではないかと思いました(拍手)。

この小冊子には、福田さんに古武道を習った小学生から高校生までの生徒さん達の、福田さんへの感謝の思いが綴られています。

本日は、その中の一人の高校生の作文を紹介したいと思います。

福田先生は、僕らが見舞いに行った時、「病気をしてから自分の第二の人生が始まった」とおっしゃいましたが、僕にとっての第二の人生は、先生に出会った瞬間に始まったと思っています。

よく「男の子は父親の背中を見て育つ」と言いますが、僕は先生の背中を見て、多くのことを学びました。

先生は多くを語りはしませんでしたし、説教することも希(まれ)でしたが、それでもこれまでの8年間の中で、本当に多くのことを学ばせていただきました。

その中には、例えば忍耐や礼儀といったような、簡潔な言葉で表現出来るものもありましたが、大部分はそれ以外、つまり言葉ではとても言い尽くせない、表現しきれないものでありました。

それは、これからの人生において、己を昇華させて行く過程で体現することでしか表現出来ないのかもしれません。

僕が先生に本当に伝えたいことは、先生と、先生の創る世界が、今の僕を育て上げてくれたということ。そして僕の中には、福田先生という存在が、唯一無二のものとして息づいていること、そして前述のように、かけがえのない魂を与えていただいたことに、本当に感謝しているということです。

また、先生の教えを受けた者として、その名に恥じぬよう精一杯頑張るつもりですので、これからも見守っていてください。

福田さんは、本当に素晴らしい爽やかな方でしたが、そのお人柄が伝わってくるような素晴らしい作文だと思います(拍手)。

そして、きっと福田さんも、このような生徒さん達からの言葉によって、自分の人生には意味があったと思ってくださったと思うのです。

永遠になくならないもの

人は死を迎える時に、恐怖心を抱きます。それは肉体的な苦痛に対する恐怖、あるいは自分が今まで築いて来た家庭や家族、あるいは親しかった人々と別れなければならないという恐怖もあるかと思います。

しかし、自分という存在が、これまで歩んできた人生が、死と共になくなってしまうという、深い根源的な恐怖というものが、一番強くあるのではないかと思うのです。

この恐怖を乗り越えたいがために、たとえばある人は子供に遺産を遺そうとして、一所懸命働いてお金を貯めたとします。子供のためにお金を遺した、それはそれで自分が生きてきた証になると思うのです。

ところが、それが有意義に使われず、かえって子供の生活を駄目にするような使われ方をしたとしたら、果たしてお金を遺したことは意味があったのかということになってしまいます。

しかし、この生徒さん達の作文を読ませていただくと、福田さんの遺した言葉や精神的な影響というものは、生徒さん達のこれからの日常生活の中で生きていく、そして、生徒さん達が、他の人々や、成人して自分の子供達に伝えることによって、周りや次世代の人々へも繋がって行くことになります。

このように人格を通して伝えられていく精神的な影響力というものは、永遠なのだということを教えられたのです(拍手)。

そして、福田さんの方も、小冊子に綴られた生徒さん達の作文を読まれて、自分の人生には意味があったという確かな実感をもたれて、心穏やかに亡くなって逝かれたのではないかと思うのです。

人は皆教育者である

つまり一言でいうと、これは教育的な生き方といえるのではないかと思います。先生として人に何かを教えるということだけではなく、人格的な影響力というものです。

人間が人間と関係して生きている限りは、どんな人も、やはりある種の教育者だと思うのです。人に影響を与えているのだと思うのです。

ですから、素晴らしい影響を与えるような教育的な生き方、それが意識的であるにせよ、無意識的であるにせよ、その様な生き方をすることが、自分の人生に意味をもたらしてくれるのではないかと、私は福田さんを通して、そのようなことを感じるようになりました。

したがって、社会に対して素晴らしい業績を遺すということは、もちろん素晴らしいことなのですけれども、それ以上に大切なことは、人格を通して良き影響を人に与えていくことではないかと思ったのです(拍手)。

素晴らしい人格が及ぼす影響力

そのようなことを、最も私に強烈に教えてくださった患者さんを、最後に紹介したいと思います。

この方は35歳の女性の患者さんで、名前を仮に松本さんとお呼びします。やはり肺癌でホスピスに入院なさっていました。

カルテを見て驚いたことは、この方はホスピスに来るまでの25歳から35歳まで、様々な病気で入退院を繰り返していらしたのです。

25歳から35歳といいますと、一般的には恋愛や結婚、出産や育児という、女性として最も幸せな、実り多い時期だと思いますが、松本さんは結婚もなさらず、仕事らしい仕事も出来ない状態だったのではないかと思います。その意味では、松本さんの人生には、社会的な業績というものは、殆んどなかったと言えると思います。

普通このような状態でありますと、神仏を呪い、自己憐憫に陥り、あるいは自暴自棄になり、愚痴や不平が多くなるものですが、松本さんはそういうところが全くなく、そのような辛い人生であったにもかかわらず、とても明るく、彼女の口から愚痴や不平不満、暗い言葉を聞いたことは一度もありませんでした。

それどころか、いつも優しい言葉で、私達スタッフを気づかってくださって、逆に私達が癒されるような思いがする、本当に心の美しい方でした。

ですから松本さんの部屋に入りますと、ある種の神聖な感じ、最近流行(はやり)の言葉で言いますと、清々(すがすが)しいオーラが感じられました。

オーラだとかスピリチュアルなものには懐疑的なドクターでさえも、「松本さんの部屋に行くと、オーラがすごく明るいんだよ。清らかなんだ。彼女は絶対に天使の生まれ変りに違いない」と真面目な顔をして言っていたのが、強く印象に残っています。

私は松本さんの人柄を通して、美しい人格、清らかな魂というものに触れた思いがして、何と美しい人なのだろうと、深い感銘を受けたのです。そして、人生の一つの生き方として、美しく生きるということは、素晴らしい生き方なのだと感じました(拍手)。多分こういう方は、生長の家のお言葉をお借りすれば、「実相を表現された」患者さんなのでしょう(拍手)。魂が清らかで、この世で修行として生きる必要がないから、早く天に召されるのかも知れないと思ったりもしました。

実は彼女は熱心なクリスチャンでした。しかし、熱心とはいっても、押しつけがましいところは一切なく、「自分は神の許に召されるだけなので、死ぬことは全然怖くありません」と淡々とおっしゃっていました。やはり信仰を持っておられる方は、死ぬ時も心が安らかで、強さがあり、穏やかに逝かれるのです。

これはちょっと余談になりますが、信仰によって、寿命が伸びた方もいらっしゃいました。この方は60代の膵臓癌の男性の患者さんでしたが、ドクターからあと2、3ヶ月と言われたので、戒名をいただいておこうとお寺に行かれたのです。そうしたらそれを機会に、仏道に深く入られて、それから10年近く生きられたのです。

この方は、点滴療法みたいなものも併用しておられたので、何が効果があったかは一概に解りませんが、「自分は信仰に入った影響がとても大きかった」と言っておられましたので、信仰の力がかなり大きかったのではないかと私は思っております。

話を戻しますが、松本さんは最期は自宅で亡くなりたいとおっしゃって、自宅へと帰って行かれました。

すると、しばらくして、松本さんから病院の男性スタッフの皆さん一人一人へ、チョコレートが贈られてきたのです。そのチョコレートの一つ一つに、聖書から引用された言葉が添えられていました。実は今日持って来たのですけど、これが松本さんからいただいたチョコレートです。これは私の一生の宝物として、今も大切に保管しているのです(拍手)。

松本さんが私に書いてくださったメッセージには、「いつもありがとうございます」という感謝の言葉の後に、「いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。その中で一番優れているのは愛です」と書いてありました。

このメッセージを見た瞬間に、「愛」という言葉が、とても素直に、私の心にパッと入って来たのです。

「愛」という言葉は、世の中に氾濫しています。書店へ行っても、「愛」について書いてある本が沢山あります。しかし、そういうものを読んでも、私には「愛」というものが観念的なものとしてしか捉えきれないところがありました。

ところが松本さんからいただいたメッセージを見た瞬間、「愛」という言葉が、観念ではなくて、何と表現したらよいのでしょうか、その本質的なものが実体を持って、リアルに生々しく、パッと素直に入ってきたのです。

その時の生々しい感動が、その後の私の仕事の、講演や本を書く場合の土台になっているのです。つまり、私は松本さんに、愛の本質について教えていただいたのです。

彼女の人生は、社会的な業績という点では、意味がなかったかもしれませんが、彼女から与えてもらった精神的な影響というものは、永遠であると私は感じています(拍手)。

彼女が亡くなった時に、死というものに慣れている看護師さんや医療スタッフの多くの人が泣いていました。それほどまでに彼女の存在から出る影響力、魂の美しさというものが、私達に忘れがたい刻印を遺したということなのです。

「我とそれとの関係」から「我と汝の関係」へ

そういう意味において、私は、彼女の人生は現在進行中ではないかと思うのです。つまり我々が、辛くとも明るく、思いやりを持って生きてきた、心美しい彼女の生き方を受け止めて、それを自分の人生に生かしていく時に、彼女は、肉体はなくなられましたが、我々の心の中に生きているということになる。そう考えると、彼女の人生に意味をもたせられるかどうかは、我々の生き方にかかっていると言えるのではないかと思うのです(拍手)。

そして、彼女の精神を受け継いだ私は、こうして今、皆さんに語ることによって、その精神を受け渡しているわけですが、皆さんがまた、他の人達にそれを伝えてくださることによって、松本さんの人生は益々意義あるものになって行くと思います。

そう考えると、私達は元気なうちから、お互いの素晴らしさを認め合い、それを見習い、継承して、他に伝えていく。お互いの人生に意味を与え合って行けばいいのではないかと思うのです(拍手)。

私がホスピスの患者さんから学んだものは、一言で言うと、マルティン・ブーバーという哲学者の、「我と汝の関係」という言葉を、示してくださったのではなかろうかということです。

「我と汝の関係」とは、生長の家のお言葉をお借りすれば、「お互いの実相を認め合って、敬愛して、仲良くしていく関係」ということだと思います(拍手)。

ブーバーには、「我とそれとの関係」という言葉もありますが、これは自分の都合がいいように相手を利用する、利己的で打算的な関係のことです。このような考え方が蔓延してしまったために、世の中に悲惨なニュースが多く流れ、ギスギスした人間関係、病的な状態になってしまっていると思うのです。

これを「我と汝の関係」、互いの実相を敬愛する関係に戻していかなければならない。そうすることによって、世界に平和が訪れるとブーバーは言っているのです。

以上のことを私はホスピスの患者さんから学ばせていただいたと思っております。そして、これが死を迎えた時に後悔しない、「喜びの人生とする生き方」に繋がるのではないだろうかと思うのです。

本日は、ご清聴いただきまして、ありがとうございました(拍手)。

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