1. ホーム  >
  2. 繁栄ストーリー  >
  3. 繁栄ゼミナール体験談

繁栄ストーリー

繁栄ゼミナール体験談

岡本俊雄(広島教区)

岡本俊雄

皆様、ありがとうございます。

この度、生長の家繁栄特別ゼミナールの場におきまして、発表を行う機会を与えてくださいました事に心より感謝申し上げます。

私の会社は、広島県広島市西区商工センターにあります「岡本電機株式会社」と申します。昭和10年2月に父が大阪で創業し、戦後故郷の呉で再出発して今日に至っております。創業73年の会社です。

職種は電設資材卸売業と言いまして、オフィスビルやマンション、戸建住宅、工場、公共施設、屋外設備の照明器具や分電盤、電線、空調機器などの、電機設備の材料をメーカーより仕入れて、電気工事店に卸し販売をしている会社です。

年商は今期の販売実績が、53億円です。広島県下にある6箇所の営業所で営業を行っております。現在の従業員は82名でありまして、社員の平均年齢は38歳です。わが社の経営理念として〝我々の使命〝と言うタイトルを掲げており、「岡本電機と関係する全ての人々から選ばれ、喜ばれ、感謝されることを我々の使命とする」と、細目の要綱を決めております。仕事を通じて社会に貢献出来る喜びを胸に日々仕事に取り組んでおります。

生長の家とのご縁は今から42年前の妻との結婚が始まりです。と申しますのは、妻の実家が親の代から生長の家の御教えにふれており、妻は子供の頃から自然に家族とともに入信しておりました。一方、私の実家はお盆のときのお墓参り以外は信仰とはまったく無縁の家でありました。父からは「宗教」は年寄りや、病人や、弱い人がするものだ。若い元気なお前は、宗教と縁を持ってはいけないと厳重に言われており、私は、何とかして妻に生長の家の信仰をやめさせようと懸命でした。

この様な状況でしたので当然のごとく家庭も不調和で何時もギスギスして落ち着きのない暗い家庭でした。ずっと「生長の家なんか、やめろ、やめろ」と言い続けておりました。しかし、それでも信念を曲げない妻の姿を見ているうちに、だんだん「信仰とはなんと強いものか」と思うようになってきました。

当時、会社の社長には父が就いておりました。昭和48年のオイルショックを境に、業績は急速に低下しはじめて、昭和50年には経営困難に陥り、ついに昭和55年にはメーカーに経営支援を仰がざるを得なくなりました。それを機に体調も悪かった父は社長の座を降りました。新たな社長が仕入先メーカーから出向してきました。メーカー主導の経営改善は見せかけの数字の拡大のみで、必ずしも納得のいくものではありませんでした。

また2年後、メーカーは義理の兄を社長に立て、後押しをするという新体制をスタートさせました。しかし業績は回復するどころか益々赤字が増加していきました。社長に就任し、頑張っていた義理の兄も力尽きたのか、就任3年目の年に46歳という若さで突然、脳溢血で倒れ帰らぬ人になりました。

その間、会社の状態は最悪の状況に陥っており、赤字もついに1億円を超える程になっていました。

昭和59年3月27日の株主総会で私が後継社長に選任されました。

私を良く知っている身内は誰も賛成してくれませんでした。しかし、ただ一人、「貴方なら出来ると思います」と妻がきっぱり言ってくれました。

その時、しみじみと生長の家はすごいと思いました。初めて純粋にその教えを受け止めようとおもいました。また、それより他に頼るべきものはもう何もないという状況もありました。その時の私の年齢は40歳と6ヵ月でした。社長に就任後まもなくメーカーの専務さんが来社されました。

「岡本君、この会社は120%助からないが、申し訳ないが君は創業者の息子だから会社の後始末の為に是非頑張って欲しい」と言って帰っていかれました。緊張のあまり、言葉の本当の意味が充分認識出来ておりませんでした。私は会社の現状から逃げることなく、正面から受け止め、“背水の陣”の経営を覚悟し、“世の為、人の為に役立つ会社”“ガラス張り”の経営“社員を育て、社員と共に歩む会社”をつくろうと決意をしました。

そのときから私の社長業がスタートしました。翌日会社に出社し、机に座りましたが何をしたら良いのか全く分かりませんでした。今でも私の机に一枚のメモが挟んであります。それは社長就任の初日に書いた初めてのメモです。

タイトルは自己査定とし「今日一日、自分は会社発展の為に何を考え、何を行うのか」と書きました。これが私の最初の仕事でした。

無我夢中で時間が過ぎていきました。当時いちばん解からない事は「社長業とはどのようなものか? 社長にとって一番大切な仕事は何か?」でありました。この疑問が理解出来たのは数年後でした。

毎日毎日、朝から晩まで「売り上げ・売り上げ、利益・利益」と数字を追いかけていました。努力の結果、売り上げも、利益も伸びて累積赤字は五年後には消えましたが、その喜びも束の間でした。

仕入先やお得意先とやり取りしている社員の姿を見て愕然としました。社内を見回したら売り上げや利益だけを追い求める空気が充満していました。私は直感的にこれでは会社がダメになると気づきました。

「社長に就任してから今日まで私は何をしていたんだ」と自問自答しました。その時から社長の姿というものを真剣に考え始めたのです。社長の考え方と行動が社員に強い影響を与え、その結果が会社の社風になることを知りました。より良い会社、より良い社風の基は自分自身だということも知りました。

事務所の壁に掛けてある社員行動指針の額にふと目をやりました。「一、会社の繁栄に繋がっているか。 二、お得意先の為になっているか。 三、仕入先の期待に応えているか。」の言葉でした。

それまで全く気が付かなかったのですが、それは、「会社の繁栄」という言葉が、第一番目に書いてあることでした。社長も社員も全員が会社の利益を追及し、その後に、お得意先のお役に立つことや、仕入先の期待に応えることを考えていました。その結果、社員の立ち振る舞いや言動が、自社の利益を真っ先に考える傲慢な姿になっていました。

これでは会社の将来が危ないと気づいた私は、すぐさま行動指針を変更して、一番目に書いてあった「会社の繁栄に繋がっているか」の言葉を削除しました。

「会社の存続する条件は社会に貢献することです。社会に役立つ会社しか生き残れない。これからは会社の利益を真っ先に考えるのではなく、仕事を通じてより多く社会に貢献できる会社になることを第一に考えて下さい」と、社員全員に新しい会社の方針を示しました。それ以後、私の口から売り上げや利益を追い求めるような発言はなくなりました。社員の行動も少しずつ変化してきました。

そして、会社の経営計画を立案する時には、日々変化する社会に、少しでも多くの社会貢献が出来るよう、省エネ、省資源、省施工、防犯、防災、などの社会変化や環境変化に対応した商品の販売方法を重点施策として取り上げ、推進するようにしています。これらの施策を推進するためには社員教育が欠かせません。新商品を学ぶ勉強会だけでなく、それらの商品の価値観を高めるための研修を日々の仕事の中、OJTで取り上げたりしています。

2年に1度、生長の家副総裁・谷口雅宣先生が広島に来られて、生長の家の真理、環境を護る事の大切さを解かり易くお話くださる講習会には、幹部社員はもとより多くの一般社員が受講に参加してくれています。講習会への参加のお願いは私の大事な仕事になっています。それは、社員が真理に触れて生長することと同時に、休日を返上して講習会に参加してくれる社員に、私が心から感謝することができるからです。仕事に追われていると、つい社員に対する感謝の気持ちを忘れてしまいます。それを思い出させてくれるのが講習会なのです。

私どもの関係する建設業界は、景気変動の激しい業界です。そのような業界にもかかわらず、24年間にも渡り黒字経営が続けられているのは、生長の家の真理に触れて導かれたお陰と感謝しております。

突然の社長就任で、経営知識も無く、経験も無く、その上最悪の状況で経営を引き継いだ私が素晴らしい経営が出来たことは奇跡が起きたとしか言いようがありません。

これからも真理に導かれ、環境を護ることを仕事の本質にして、いつまでも社会に貢献できる会社であるよう努力したいと思います。

現在、会社を取り巻く環境は大きく変貌しつつあります。これ迄私たちが行ってきた大量仕入れ、大量販売を軸として経営規模の拡大で会社の発展と繁栄を追及してきましたが、このような大量生産、大量消費、大量の産業廃棄物の排出など、そんな時代は終わろうとしています。

生長の家が提唱して取り組んでいる地球温暖化防止「炭素ゼロ運動」は、まさに今後の企業のあるべき方向を指し示していると思います。これからは「人と地球にやさしい」を基軸とした経営が求められます。

わが社では、営業方針として、省エネ・省資源・健康・安全・安心に対応した商品販売に重点を置いた経営をしていきたいと思っております。「隗より始めよ」の精神で自宅に太陽光発電、省エネ型エアコン、エコ給湯器を取り付けました。会社の照明器具や空調も順次エコ商品にやり変えています。

今後とも環境を守る事の大切さを経営の柱にし、環境破壊や地球温暖化(CO2削減)を防止する為の省エネ、省資源を推進する商品が少しでも多くの人々に普及拡大するよう提案し、地域社会に、そして地球環境保全に役立つ企業に成ることを目指してまいります。

一昨年、私たち夫婦は結婚40年を迎えました。今日2人が健康で幸せな生活が出来ているのは、全て生長の家の真理のお陰と思い、何か記念になることをしたいと考えまして、妻と相談をした結果、教化部に太陽光発電設置の為の基金として献資をすることにしました。

教化部長のはからいで太陽光発電設置のための運動が広島教区で展開され、信徒の皆様のご愛念により、昨年立派な設備が教化部に取り付けられました。

子供たちにも自慢の出来る思い出ができた事を心より感謝申し上げます。

皆様ご静聴、ありがとうございました。

<<戻る

「▲このページのTOPへ戻る」