『実相というと、実の相(すがた)、人間の本当の相(すがた)を言うのであります。生長の家式に言いますと、人間には仮の相(すがた)と本当の相(すがた)とがあるのです。仮の相(すがた)というのは今申しましたように、親が心で縛っているとそれに反抗するために、あるいは操行がわるくなったり、成績が悪くなったりして、周囲の心の反影として出てくる。これが仮の相(すがた)でありまして、本来その子の操行がわるいのでも学業の成績が悪いのでもないのであります。人間の本来の相(すがた)、本当の相(すがた)は神の子でありますから、「本来この子は善い」と、子供の実相、その本当の相(すがた)を見て、それを拝み出すようにしますと−拝むといっても、あながち掌をあわさなくてもむろんよいのですけれども−心で子供を拝む−「うちの子供は本当に神の子であって立派な子である。放っておいても大丈夫である。決して悪くなるようなことはないのである」と子供を信じて心で拝むのであります。』