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おとなの親子関係,介護-大切な人に寄り添う

認知症の母、倒れた夫に寄り添って

2015年10月10日  

◇たった一人の娘なのに私の顔がわからない

「背骨圧迫骨折」をきっかけに、母の物忘れが始まりました。

「Y子!チョット来て!」「な~に?」と聞きますと「最近Y子が顔をみせないんだけど…何か怒っているのかな?連絡してよ」というのです。「お母さん、私だよ。娘のY子よ」といっても「違う」というのです。

◇戸惑いながらも

食事の支度をしていると「今日の当番はあんたかね?」と私を練成会の食事係のように見ている母。一緒にお茶を飲みながら、生長の家の話をすると、「うん、うん」と聞いてくれますが、トイレに立ち母の元に戻ってくると「チョットチョット、今日の給食当番の人が生長の家の話をしてくれたよ」と、私が話した事を、一語一句間違えずに全部話してくれるのです。「よかったね。真理を一杯教えてもらって…お母さん幸せね」と答えていました。

◇そうだ!お母さんに合わせよう

娘への荷造りをしている私に、「私も家に荷物を送りたいから空箱が欲しい」といいます。「分かった。スグに用意するね」と空箱を渡すと、母は嬉しそうに、着ているパジャマまで箱に入れます。「じゃあ宅急便に送ってくるね~」と母の荷物を持って玄関から出て、物置にそっといまいます。翌朝、「お母さん、荷物が届いたよ」と声をかけると「ああ~良かった。着るものが無くて困っていたんだよ。ああ~嬉しい!」と洋服をタンスに戻していたこともありました。

◇愛は正しさにまさる

「変なことを言っているのはお母さん!私の言っていることが正しいのよ」と一生懸命言って聞かせようとした頃は、私が言えば言うほど、母はすご~く抵抗して手を噛まれたこともありました。「そうだ!お母さんに合わせよう!」と心に決めて接したとき、とても穏やかで何時も笑みを浮かべる優しい母になりました。

そして8年に及ぶ介護ののち、母は86歳で天寿を全うしました。

◇それでも、大丈夫!

母を見送って4ヶ月後、定年退職を迎えたばかりの主人が、脳梗塞で倒れ、左半身に障害が残りました。主人は昨日まで何でもできた自分が、何もできないことが情けなく、悔しくて悲しくて私に向かって「おまえはそれでも大丈夫っていうのか?」と怒るのでした。

それでも私は「そうよ!大丈夫しかないもん、大丈夫よ!」と繰り返し繰り返し言い続けました。病院の先生も「リハビリを頑張ろう」と励ましてくださり、入院中には、自分のことは自分でできるまでに回復し、3ヶ月半で退院できました。退院後には夫婦で三河練成会にも参加し、皆様に随分励ましていただきました。2回、3回と、回を重ねるごとに主人は元気を取り戻しまし、主人が倒れてからこの6月で10年になりますが、今では病院にも車を運転して一人でいきます。

◇自然にも人にも心を寄り添って

主人が倒れてからは、畑は私の仕事です。無農薬で化学肥料は一切使わず有機肥料にこだわり、安心安全な野菜作りを楽しんでいます。また、洋裁の好きな私のところに、縁あって集まってくる尊い古い着物や、親が子供に残したであろう愛情いっぱいの着物たち。その一枚一枚を真心込めて洋服にと変身させて頂いています。そんな私を見て洋裁をやってみたいという人たちが家に来てくださり、一心に洋服を作り、自分で作り上げたことに感動し、出来上がった洋服をみてとても喜んでくださいます。私は皆様の喜びのお顔を見ることが今とても嬉しく幸せを感じます。

これからも、神・自然・人間の大調和を実現する〝自然と共に伸びる運動〟を毎日の生活の中で実践し、人にそっと寄り添えるそんな私でありたいと思っています。(愛知、Y.Iさん)